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  • 2012.11.14

クソアピールをやめることができないクレージークレーマー層の“認められていない”感(2)

 社会学者・宮台真司さんへ「脱いいね!」に関するインタビューを行いました。第1回の「自分はイケてるぞアピールからは腐臭がただよう…“見るに耐えない”コミュニケーション 」に続き第2回はオンラインでの見るに耐えないコミュニケーションをしてしまう動機にせまります。脱いいね! への道のベースとして、ぜひお読みください。あなたも“認められていない”感覚を抱いていませんか?

自分の見栄えをコントロールする自信がない人にとって、
オンラインは願ったり叶ったりの世界

宮台真司 脱いいね! Facebook フェイスブック 腐臭 アピール

宮台:日本の膨大な「釣られ層」「クレージークレーマー層」の背後には、たとえ「浅ましさ」を自覚していても抑えられないほどの「埋め合わせ動機」があるのだと言いましたが、「認められていない」という感覚を抱く者が、それ程にまで多いということでしょう
背後には、ネット上は「万人平等」に見えるので「分相応」の観念が機能しにくいこともありますが、とりわけ大切なのはオフライン(対面)では自分のアピアランス(見え方)を思うようにコントロールできない者が、ネット上だとコントロールできると思えることです。

ネットのコミュニケーションは、現在実用化されたテクノロジーの範囲内では、オフラインに比べると情報量が圧倒的に少なく、文字ベースの情報のやりとりしかないので、自分の持つコミュニケーション上の困難を隠すことができそうに思えるということが、ポイントです。

第1に〈表出の困難〉を隠せる、つまり手が震えるとか目を見て喋れないといったことを隠せるし、第2に〈尊厳の困難〉を隠せます。新約聖書の福音書に、イエスは故郷では奇跡を行えなかったとありますが、「たかが大工のせがれだろう」などと言われてしまうからです。

20年ほど前、僕が母校の麻布学園で講演をした際、講演直前に職員室に挨拶に行ったら「なんだ宮台、えらそうじゃねえか」と言われて講演がすごくやりづらくなりましたが(笑)、過去の醜態を知っている人々を前にすると、人は梯子を外されるのを怖がりがちなんですね。

〈表出の困難〉と〈尊厳の困難〉を覆い隠せるように見える、匿名性を含めたネットの情報過少性は、とりわけ自分の見栄えをコントロールする自信がなく、過去のイメージを上書きするだけのコミュニケーションをする自信がない人にとって、願ったり叶ったりなんですね。

前回も申し上げたように、情報過少性の蔭に自分を隠して安心する人々がとりわけ多いという事実は、日本的なことです。データ的には、アメリカの匿名掲示板4chnnelの利用者は2ちゃんねるの3分の1以下、おそらくは5分の1以下。欧州各国はさらに少ないでしょう。

ちなみにデータを紹介すると、4channelも2ちゃんねるも月間利用者数はピーク時で1200万人前後ですが、アメリカの人口は日本の3倍弱で、4channelはアメリカに限らず英語話者が使うものです。第2言語圏に流暢な話者を加えると、世界に15億人の英語人口がいます。

さて、匿名性を含めた情報過少性を利用して居丈高になれば、〈表出の困難〉と〈尊厳の困難〉を克服しようとしていると思われてしまうというのが、前回紹介したようにアメリカ人たちが述懐する「常識」でした。僕は日本的状況の背後に、学校の教室問題があると睨みます。

認めてもらいたいという鬱屈ゆえに、ネットで噴き上がる姿が“浅ましく”見える

──教室問題というと?

宮台:ほぼ全科目を同じ教室で受ける日本のような固定クラス制度は、先進国の多くにはありません。ホームルームクラスがあるだけで、生徒ごとに選択した科目の教室に分散して移動します。算数なら算数を、どの先生の教室で学ぶのかを選べるところも珍しくありません。

日本の固定クラス制の下では、30人なら30人の中で、固定した勉強ランクや運動神経ランクや軽妙さランクに拘束され、学齢期から〈表出の困難〉と〈尊厳の困難〉を意識して分相応に振る舞いがちです。この〈心の習慣〉がもたらす鬱屈ゆえに、ネットが解放区になります。

〈表出の困難〉と〈尊厳の困難〉を抱えているがゆえに、つまり認めてもらいたい自分を認めてもらっていないという鬱屈ゆえに、ネットで噴き上がる。その営みが、実に「浅ましく」見えてしまうんです。だから一部の感度のいい連中が「これはまずい」と思うわけです。

──それは、現実の姿を隠してSNS上で困難をカバーした姿を演じてしまっているのが分かってしまうということですか?

宮台:そう。Facebookは匿名じゃないから、実際、知り合いとかが見て「何? このクソアピール、ぷっ!」と噴き出しちゃうわけです。2ちゃんねるも匿名じゃなかったら、多くの書き込みユーザーが確実にそういう扱いの対象になります。かわいそうだと思いますが。

実際、教え子のFacebookとか見ていると、噴いてしまうことがあります。お前何様だよという(笑)。知り合いの男子や女子も、イケているように見える100枚に1枚の「奇跡の写真」を載せて思いっきりアピールしていたり(笑)。逆効果なのが分からないんです

そういうことを自分でまったく痛々しいと思わないのだとしたら、手の施しようがないと思います。まぁ、たいていの場合、少しは痛いなと自分で気づいていても、やむにやまれない〈承認欲求〉があるということだと思いますが、そうだとしても、見ていて辛い感じです

【続く】
次回は、「濃密な対面関係を妨げる疑心暗鬼のコミュニケーション」をお届けします。

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