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  • 2012.09.19

フランスでは子供に手を上げるのはNG!

暴力への“寛容性”

Little french girl By raruschel
©Little french girl By raruschel

 アニメは今でも日本の輸出産業です。 パリではジャパンエクスポが開催され、今やそこは日本というよりヲタクの博覧会みたいになっています。 コスプレイヤーは街にあふれ、腐女子が興奮の渦を巻き起こす数日間になるようですが、日本のアニメにネガティブな感情を持ち続けているフランス人は少なくありません。 それは何故かと問われれば、日本のアニメーションの「暴力性」です。
 人気になった「北斗○拳」「ドラゴン○ール」がフランスの電波に乗った際、親たちは口々に「暴力的すぎる! 子どもがこれを見るなんてシンジランナイヨォ」と(フランス語で)非難していたものです。 ヒデブッっと頭蓋骨が破裂したり、「何をっ」と牽制しながら体が細切れになったりするシーンはさすがに日本人の自分から見ても、子どもがみるにはちょっと……と思えます。 加えて、実写の中でも家庭内の暴力的行動にも、極度に寛容。
 昔からゴールデンタイムの高視聴率の番組内で平気で暴力シーンが表れます。 「寺内貫太郎一家」では、父親が母親を付き飛ばし、「巨人の星」では父親が娘の目の前でちゃぶ台を放り投げる始末。 日本の男性芸人は平気で女性芸人を小突き蹴り飛ばし、女性タレントにセクハラをし熱湯風呂の残り湯(残り湯?)をかけます。 「え~小林亜星を暴力亭主って言うのは言い過ぎ~」 反論が聞こえてきそうです。 目の前で手のひらをフリフリする図が想像できます。
 が、そもそもそれが暴力に慣れている証拠。 Youtubeで一緒に「巨人の星」を見たフランス人の友人(独身男性・非日本語話者)が、両手で天を仰ぎ「子どもを拷問する中年男の話?」と眉をひそめていたのが笑えます。

視聴される暴力と実行動は別

 でも、自分が見るからにフランス映画の方が、もっと残酷なシーンで溢れています。 都市郊外には、もっと生々しい暴力が溢れているじゃないかと反論したくなったものです。 が、社会の暴力に対する「寛容性」は、現在明らかに違うものがあります。
 まず、子どもに対する暴力は、未だに学校教育の場で体罰有用論が出てくるくらい日本は寛容ですが、フランスでは親ですら子に暴力をもって“教育”することはご法度。


メディアの中で移民社会を取り上げる際に子どもに手を上げるシーンが出てきますが、それは貧しい教育のなっていない社会の象徴として描かれることが多く、“真っ当な”家で子どもに手を上げることはないことになっています。そのため、孫悟空という子どもが殴り合いをし、血反吐を吐き、大人に(見える)敵に殴打されて、時には訳の分からない術で殺されかけるシーンがてんこ盛りの「ドラゴン○ール」なんぞもってのほか! ということになるのかと。
  また、男性の女性に対する暴力は圧倒的に日本は寛容です。 日本社会は、フランスのそれと比べ圧倒的に大人しく冷静で、他殺率も低く暴力的な言動を控える傾向があります。 が、こういうと言い過ぎですが、女性は平手打ちで黙らせるものとされます。

 感情的になった女性を、男性が平手打ちで黙らせて「あ、す、すまん」みたいなシーン、あるよね~(なぜにはるな愛?)。 ドラマで男性が女性に平手打ちをするシーンが“ベタ”なものとされる時点で、はっきりいっておフランス人からすれば、ドン引きです。

『エマニュエル夫人』を製作してしまうということから始まり、日本と比べると性にオープンな国は、逆に暴力に対しての視聴規制は厳しく、ちょっとした暴力シーンがあるだけでも「PG12」の表記が。 しかしそうしたメディア内での暴力に対する寛容性が実社会のそれに繋がっているのかというとそうでもないようです。 フランス政府は2006年に3日に1人の割合で女性が夫(事実婚・PACS契約含む)からの暴力により亡くなっており、10人に1人は暴力を振るわれた経験があると発表しましたが、 日本は2000年の警察庁発表では約2.7日に1人がDVにより死亡し、2005年の内閣府報告によると女性は約5人に1人が被害を受けています。

あれ? そんなに変わらなくね? と…と思ったそこのあなた! ど~~~~ん。もぐろふく○うです! ……などとふざけたくなる気持ちをぐっと抑え(意味不明)人口を考えてみると、フランスの人口は日本の約2分の1。 半分しかいない国のDVによる死亡者人数が同じくらいというのは、ひどい状況です。 2倍ということですから。


暴力が蔓延する国だからこそ            

 社会に暴力が蔓延する国だからこそ、「絶対に許さない」というスローガンが必要なのだと思います。 男性が女性に振るうもの、大人が子どもに振るうもの……。 物理的な力と社会的な力が(あくまで平均ですが)強い人間が弱い人間にものは、現実にあるからこそ「絶対に容認してはいけない」という「ポーズ」が必要。

 フランス人女性は女性に対する暴力に非常に敏感で、00年代に死亡者調査が政府によって発表されたとき、政府内の女性たちがすぐに行動を起こし、政策に着手しました。 ある市では「zero tolerence」をスローガンに掲げ、いかなる暴力も家庭内でふるってはいけないと定め、少しの身体的暴力も、言葉による攻撃でさえも、取締の対象とし、刑務所に入れることすらできるようにしました。 天下の暴力国家、米国でも同じこと。 暴力と制圧に関して辛辣な皮肉を描くバッドマン映画『ダークナイト』の最新作に関し、インタビューを受けたキャットウーマン役のアン・ハサウェイは、あえて映画のプロモーションであるにも関わらず、こう言っています。

 「大抵仕事の交渉決裂の原因になるのは、意味のない暴力よ」 こうエクスキューズしないと、「暴力的」に映る出演映画と自らのプロモーションに関してマイナスになると思ってのことか、もしくは非常に残酷なシーンを持ちながら、人間社会の暴力性を哲学的に語る映画を「意味のない暴力」とされるのを避けるためかはわかりませんが、「暴力」への自らの立場をはっきりさせました。 それに比べ日本人女性は、暴力に寛容。
 WHOが2005年、家庭内暴力の改善措置が必要な国15か国を見繕い調査しました。 「ここ、DVの状況酷そうじゃね?」とみなされたワースト15中(並びはマッチョで有名なアフリカ諸国と中東諸国)に入っているということ自体、恥ずかしいですが、まあそういうことでしょう。
その中で、家庭内での暴力にどれだけ夫が関わっているかのグラフがありました。 つまり、「夫だから殴ってもいい」と考える傾向がどれだけ高いかの調査です。 「夫による被害」で「その他の男性による被害」を割るのですが、日本は2.7倍。

 この数はDV数が多い、エチオピア、中東諸国と比べても小さくない。 夫が妻に暴力を振るうことは「仕方がない」と思っていると考えると、日本の女性は恋愛関係でどれだけの危険にさらされているのかと、そら恐ろしくなりました。 社会に暴力が蔓延していない分、自分がその被害に遭った時に、それが如何に恐ろしいことかを実感できないからかもしれません。 目の前で交通事故を目撃したことがない人は、交通事故に遭った時、それが他の事故と比べてどれだけ重いのか、それとも軽いのか自分では判断できないのと同じことです。 「平和な国でありがたやありがたや」で終わらせてはいけないこと。

 格差が広がり、世の中が殺伐としてきたように見えるからこそ、イノセントな国では、その芽を意識的に潰しておかないと、あっという間にカップル感での暴力はエスカレートしていきますから。 女性がパートナーにより、フランスのようにどんどん殺されていく前に、「日本の女性は家庭内でも暴力も許しません」と標榜しておいて、悪いことはないと思いますが、いかがでしょう。 「人間失格」なニート夫による被害をツイッター上に晒しておきながら、「(夫と)別れるつもりはありません」などとほざいる場合ではありません。

Text/Keiichi Koyama

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