もしも、愛が買える世界だったら/白井遥の「愛をつなぐお金」

愛情の売買について、最後のお話です。

プレゼント Porapak Apichodilok

 最後のホームルームを始めます。
あなたたちが入学してきた春が、ついこの間のように思えます。早いものですね。巣立ってゆくあなたたちに、今日は大切なお話をします。愛情の売買についてです。

 先生の祖母は平成生まれです。歴史で習ったとは思いますが、一般的に「愛情はお金で買えない」とされ、自然恋愛でくっついたり、離れたりを繰り返していた時代です。
この時代、愛情はコントロール不可能でした。だからこそ、あらゆる儀式や物品で永遠の愛を誓っていたんですね。だけど、それらはほとんど意味を成しませんでした。相手の愛情はもちろん、自分自身の愛情も、いつ冷めてしまうか分からないから。

 死ぬほど揉め事が起こるだろうって? そう、死ぬほど起こるんです。片方が浮気――これはパートナー以外の人に愛情を向けるという意味ですが――や、フッたフラれた……あ、もう一度『フる』の意味をおさらいしておきましょうね。
この時代は、婚姻関係さえ結んでいなければ、パートナーの同意なしでも、一方的に恋愛関係を終わらせることができたんですね。「他に好きな人ができた」とか、「金遣いが荒い」とか、理由は様々ですが。え? 「他に好きな人ができた」は浮気と違うのか、ですか。そうですね……このあたりの定義は曖昧なので、ここでは省きます。

 とにかく、双方納得の上で終わる恋愛は稀だったので、納得できていない方はネガティブな感情を抱え込むことになりました。恨みは古くは生霊、呪いになり、時代が進めばストーカー、リベンジポルノと呼ばれることも。恋愛絡みの刀傷沙汰も珍しくなかったんですよ。当時は「痴情のもつれ」なんて言われていたようですね。
ちなみに、驚かれるかもしれませんが、かつては子への愛情も不確かなものでした。今とは違い、自分の子を愛せるとは限らなかったのです。現在、すべての親たちは子への愛情を義務付けられています。料金の発生しない、親からの無償の愛情は、すべての子の権利です。私たち、いい時代に産まれましたね。

 かつては愛情――親子間のそれはともかく――や他人同士の恋愛は、ほとんどの場合ほんの数年しか持続しないと言われていました。そんな泡沫的な欲求から解放されるようになったのは、長い歴史から見れば、つい最近のことなんです。

 あなた方は今日まで、不毛な性欲・恋愛感情に振り回されないよう、脳の働きの一部を制限されていました。
ここを卒業すると同時に、その制限は解除され、愛の権利が与えられます。あなたの愛に価格がつき、愛情の売買が解禁されます。すぐに売りに出してみるのも、お金を貯めて理想の相手の愛を買うもいいでしょう。

 ふふ。「お金持ちのおじさんの愛情を買う」ですか。その後は一生、悠々自適の専業主婦生活が待っていると思いますよね?
毎年必ず、そんなことを言う生徒がいます。でもね、お金持ちのおじさん・おばさんは愛を売りになんて出さないんですよ。自分の愛情は売らずに、自分好みの若くて美しい人の愛を短期で複数買いして、ハーレムを楽しむんだそうですよ。だから、買われた側としては、愛する人の愛情を独占できず相当苦しむ人もいるようですが、それも込みでの高額取引です。
お金を貯めたいという意味でなら、そういう富がある者と取引するのもいいでしょう。ただ、売買契約が成立してしまえば、相手がどんなに卑しい人間でも、契約期間中は本気で愛さずにはいられません。まぁ、一時的に魂を売ると考えればいいでしょう。