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  • 2013.11.21

“新型ダメ男”坂上忍の「ビジネスクズ」っぷりに隠れた古い男らしさ

「商業○○」「ビジネス○○」という覚悟の背負い方

福田フクスケ タレント名鑑 コラム ビジネスクズ
©by Nicole April

 いきなりだけど、「商業○○」「ビジネス○○」って言い方があるでしょ。
「商業非モテ」とか「ビジネス童貞」とか。

 俺、あの言い方がいやだなあって思うんです。
いやだな、あ、怖いな怖いな……って思うんです。
ま、この言い方は「ビジネス稲川淳二」ですけどね。

 というのも、ネット見てると「嫌儲」っていうんですか、
いまだになんて読むのかわからないんですけど、
で、調べる気もないんで俺は勝手に「いんもう」って読んでるんですけど、
そういうコロコロクリーナーにいっぱいくっついてくるような
ちぢれた自意識の人たちがいらっしゃって、要するに
「俺たちの味方みたいなフリして、うまいこと稼ぎやがって!」
というやっかみ方をしてくるんですね。

 そういうの、もういーじゃん! と思うわけです。

 そりゃあ「ビジネス」ですよ、キャラ立ててなんぼ、立場をはっきりさせてなんぼ、それでお金もらってるんだから。
じゃあ、重量挙げの選手のこと「ビジネス力持ち」って言う?
「ただの力持ちだと思ってたのに、それで儲けてるなんて、なんか、がっかり」
言わないでしょうよ。

 もちろん、根も葉もないのに非モテって言ってたら話は別よ。
でも、少なくとも本物のマインド持っている(持っていた)人が、その語り口を芸に昇華させてお金稼いで、結果モテたとして何が悪い。
それに、本気のむき出しのやつをそのまま見せたら、えぐすぎてみんな引くでしょ。
それをポップにパッケージして見せるの含めて「ビジネス」なんだから。

 だから、「ビジネス○○」って言い方も、むしろポジティブにとらえていこうよって話。

 で、そう考えるといわゆる「芸能界」に生息しているタレントの人たちは、まさにプライベートや人生そのものを切り売りして「ビジネス」にしているわけで。
因果な商売だなあ、と思うけど、その代償として背負っている覚悟や諦めや開き直りといった絶望の深さを思うと、生半可な気持ちじゃイジれない。

 だからこそ、今、古き良き「ダメ男」を体現した性格のキツさで再ブレイクしている坂上忍という人物を、敬意を込めて「ビジネスクズ」と呼びたい私なのです。

「ビジネスクズ」の活躍は男たちの最後の遠吠え

 坂上忍が最初に再注目されたのは、たしか2011年の『アウト×デラックス』の特番だったと思う。
「働きたくない」「ヒモになりたい」「ブスが嫌い」「ギャンブル好き」「極度の潔癖性」……。
まあ、おおよそ好感度というものの極北にあるような「ダメ男」要素、「性格悪い」ファクターを臆面もなく口に出し、ナイナイ矢部から「アウトーーー!」の烙印を押されていた。

 この『アウト×デラックス』という番組自体、これまでテレビが勝手に自粛して勝手に「アウト」にしていた人たちを再び俎上にのせ、「こんな人もテレビに出しちゃうなんて新しいでしょ」とレッテルを貼り直すという、倒錯したおもしろさをねつ造・再生産することで成立しているわけで、秀逸さと自家中毒の間から生まれ落ちた鬼っ子のような番組なんだけど。

 で、俺が坂上忍の再ブレイクについて興味深いなあと思うのは、まさにこの「アウト」というレッテルのねつ造によってまかり通っている何か、なのですね。
「ブスをブスと言って何が悪い」という、いまやテレビでは言えなくなった、ある種の人たちにとっての本音が、「でも、この人は“アウト”だから」というエクスキューズによって許されている、という構造を感じるわけです。

 話がわかりにくいなら、“ある種の人たち”というのを、“旧来の男性性を振りかざしていた人たち”と言い換えてもいい。
つまり、多くの「オネエキャラ」や「毒舌キャラ」がそうであったように、坂上忍もまた、当初はただの「性格の悪いダメ男」だったのが、ある時期を境に「言いにくい正論を言えちゃう人(だって俺クズだし空気読めないから)」という立ち位置に変わってきたと思うんですよ。
『アウト×デラックス』を飛び立ち、他の番組に出演するようになって、その傾向はさらに顕著になってきた気がするわけで。

 ま、この「本音」や「正論」というのが、あくまで“ある種の人たち”にとっての保守的な言説にすぎない、というのがミソなんですけどね。
ああ、もはや男たちが「強さ」や「男らしさ」だと思っていたものは、「アウトなクズの言うことですから…」という卑屈で姑息な隠れ蓑を通してしか主張できなくなっているのだな、という時代の波をひしひしと感じるのです。
私が彼を「ビジネスクズ」と呼ぶ所以が、ここにあります。

 そういえば、同じ『アウト×デラックス』では、マイケル富岡が女性を12股しているという、昔なら「男の武勇伝」的に語られたであろうエピソードが、やはり「アウトなクズ話」としてテレビ的にありになっていたし。
一時期話題になったビッグダディも、本人はある程度ガチなのかもしれないけど、あれはもう、「父権」というものを戯画化して笑っちゃってください、というパロディ的な見せ物でしょ。

 彼らのような新型の「ダメ男」たちが、メディアの中で「ビジネスクズ」という役割を背負っているのを見ると、なんだか「男性性」や「父権」というものの最後の遠吠えを聞いているようで、情けないような切ないような哀愁を感じてやまないのでした。

Text/福田フクスケ

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ライタープロフィール

福田フクスケ
フリーライター。“くすぶり男子”の視点から恋愛やジェンダー、セックスなどを考察。

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