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  • 2013.07.11

“偶然力”で運命を味方につけよう/福田フクスケの出会いの黄金パターン

男だって偶然や運命に弱い!

出会い 福田フクスケ AM
©by Sergio Vassio

「実のところ、出会いとはこのように見つけて、セッティングするものではないでしょうか」

 前回、コラムの最後を私はこのように結びました。
「原稿を疑問文で終わらせて読者に委ねてしまう手法の安易さ」については、この際全力で置いておきましょう。
そういうのは、私の見てないところで存分に陰口を叩いてください。

 そうではなくて、問題は、この一文全体からほのかに漂う「上から目線」です。
読者の方は、おそらくこう言いたくなったのではないでしょうか。
「実際、そういうお前はこのやり方でうまいこと出会いをセッティングできたのかよ?」と。

 はい、そうですよね! そこ、気になりますよね!
前回から2週間、私自身そのことを自問自答していました。
している間に更新が滞ってしまったと言っても過言ではありません。

 恋愛について書くライターが皆、一様に直面する「ブーメラン問題」がここにはあります。
投げたのがブーメランではなく、手裏剣や短刀だった場合、事態は深刻です。
気付いたら、自分のお腹が血まみれだった、なんてことはザラです。

(フッ…と一息つき、深呼吸をしてから大声で)

 わかりますよ!
出会おうと思って出会えたら苦労はしないですよね!
私だって、自分の思い通りに始まった恋なんてひとつもないですよ!
断言します! ひとつもです!!!


 出会いたくなくても、あるとき突然、天から降って湧いたように「遭難(であ)ってしまう」ことが、人生にはあります。
ちなみに「遭難(であ)ってしまう」という当て字は、東京事変の歌詞からのパクリです。
こういうことは言われる前に言っておきます。

 そして、往々にしてそういう恋のほうが魅力的で、刺激に満ちていて、溺れやすい。
それは、男も同じなんです。

「偶然が招いた出会い」
「運命が引き寄せた恋」

そういうロマンチシズムは女性の専売特許だと思っている人がいたら、バカも休み休みYeah!! と言いたいです。

 いま、勢い余って語尾にバカンス感が出てしまいましたが、得てして男性のほうが理想主義で空想趣味で浪漫飛行へイン・ザ・スカイしがちであるということは、男性誌の恋愛・SEX特集がいつまでも夢見がちで進歩しないことを見れば明らかです。

「偶然」や「運命」といったお膳立ては、男にとっても恋の大きな推進力となる。
これは、ぜひ覚えておいてください。

男性が「偶然の出会い」に惹かれる理由

 ただし、女性が偶然の出会いに感じるときめきと、男性が感じるそれとは、少し趣が異なるので注意が必要です。
男性が思わずときめいてしまった「偶然の出会い」には、例えば以下のようなものがあります。

・合コンで地元が同じ女性と出会い、よくよく話を聞いてみたら幼稚園から小・中学校、高校まで同じだったことが発覚!
青春時代のあるあるトークですっかり打ち解けて、その日のうちにそういう関係になっちゃいました。

 一番モテたい時期にモテなかったという思春期の「満たされなかった記憶」を、男性は大人になってもずっと引きずっているもの。
そんな失われた思春期を追体験させてくれる彼女との出会いは、「まさに運命」と思ったことでしょう。

・駅で携帯電話を拾ったので、駅員室に届けようとしたところ、落とし主の女性から着信が……。
近くで待ち合わせて取りに来てもらったら、「お礼に」と食事に誘われ、たびたび会うようになって付き合うことに。


「落し物を拾う」というのは、ささやかだけどヒロイックな、自分に「酔える」行為。
そんなとき、好みのタイプの落とし主が現れて食事に誘われたら、思わず自分の中の「プリンス性」(俺の方が立場的に上、というゲスな優位性とも言えます)が顔を出すのが男というものです。

・出会い系の釣りメールとは明らかに違う、プライベートな内容の間違いメールが届いたので、「お間違いではないですか?」と返信。
本来の宛て先と自分のメールアドレスが一字違いだったことが発覚して「奇遇ですね!」と話が弾み、メル友を経て会うようになりました。


 偶然とはいえ他人のプライベートをのぞき見てしまった背徳感が、ある種の興奮を呼んだのでしょう。
秘密を共有することで連帯感や親密感が深まるのは、恋の定石。
「このことを知っているのは俺だけ」というサディスティックな支配感も、少なからず男の「疼き」を増幅させます。

 このように、偶然が招いた出会いほど「運命の相手」だと思いがちな女性に比べて、男性は同じ出会いを、ある種の棚ボタ的グッドラックだと感じる傾向があります。
昔から、「据え膳食わぬは男の恥」という言葉があるように、舞い込んできたチャンスはものにするのが冒険野郎のイカしたチョイスである、という発想です。

 そして、そういう出会いは得てして「一時の遊び」として終わってしまう危険性があることも、また事実として心に留めておかなければいけないでしょう。

 しかし、だからといって「偶然の出会い」をことさら敬遠する必要はありません。
そもそも、この世に偶然じゃない出会いなんてあるのでしょうか?

“偶然力”を受け入れてこそ恋!

学生時代のサークル仲間と意気投合した。
職場の同僚と飲み会でいい雰囲気になった。
幼なじみがいつしか大事な人になっていた。
人はとかく「自然な流れ」で出会うことを求めます。

 そして、やさしいから、価値観が同じだから、一緒にいて安心できるから……など、
その出会いが「必然」だった理由を欲しがります。

 でも、いま世の中で幸せに暮らしているカップルや夫婦の中に、「絶対にこの人でなければいけなかった必然の出会い」なんてものが、果たして本当に存在するのでしょうか。
一人の人間が一生かけて出会える、たかだか数百人、数千人の中に、運命の相手がいるなんて、どうして言えるのでしょう。

 ほとんどの人は、そのときたまたま都合がよかったり、タイミングや条件のよかった相手のことを、「選ばれし人」だと思うことにしているだけではないでしょうか。

 でも、そう思うことの何がいけないのでしょう。
私はそれが悪いことだとはちっとも思いません。
ふたりで偶然を必然に変えていく力のこと、それが「恋愛力」だと思うからです。


 よく考えたからいい人と出会えるのでしょうか。
努力したから望み通りに結ばれるのでしょうか。
あがいたって、思い通りになんかいかないのが、恋愛の果てしなくシビアな一面です。

 だったら、そもそも人生は偶発的なものだということを受け入れ、思ってもみない道に進むことを恐れないことこそが、恋愛においては必要なのではないでしょうか。
これを、私は「偶然力」と呼びたいと思います。

「偶然力」を信じて、味方につけること。
そこには、これまで以上に出会いの扉が開けているはずですよ!

Text/福田フクスケ

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ライタープロフィール

福田フクスケ
フリーライター。“くすぶり男子”の視点から恋愛やジェンダー、セックスなどを考察。

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