• special
  • 2013.04.03

ノマドセックス女子を生んだ“本命彼氏のオワコン化”とは(4)

第4回:“本命彼氏”は“オワコン化”している!?

恋愛と結婚の断絶で揺れる
“本命彼氏”の存在意義

Nurture By rickyqi
©Oceane+Dombard

 セックス荒野での熾烈なバトルロワイヤルに参戦している“ノマドセックス女子”。
セルフブランディングによって“性のスペシャリスト”になった者だけが生き残れる、その過酷な実態については前回お伝えしました(第3回はこちら→ノマドセックス女子を襲う“ヤリマン搾取”の構造)。

 さまざまな男性の性的目線に晒され続けるより、一人の男性と「本命」というシステムのもとで結婚を目指すほうが、より安全で安定した人生を送れるはず。
にもかかわらず、なぜ彼女たちは“ノマドセックス”という生き方を選ぶのでしょうか。


 それは、社会の変化にともない、“本命彼氏”という概念がはっきり言って“オワコン化”しているからです。

 考えてもみてください。いまや結婚した夫婦の3組に1組が離婚する時代。
私たちは、本命彼氏と結婚したところで幸せな人生をまっとうできるとは限らないことを知ってしまいました。

 そもそも、“恋愛”から自然なグラデーションを描いて“結婚”に至るという、エッシャーのだまし絵のようなライフプランが、果たしてリアルに機能しているでしょうか。

 若いうちは容姿や性格がよくて、趣味の合う男性とときめきで恋愛し、適齢期を過ぎたら安定した職や経済力などのスペックで選んだ男性と条件で結婚する、という流れは暗黙の定番コース。
“恋愛”と“結婚”は、エヴァンゲリオンの旧シリーズと新劇場版のように、続編のようでありながらプッツリと断絶しています。

 だとしたら、恋愛における“本命彼氏”の存在意義は、限りなくグズグズになってこないでしょうか。

“本命彼氏”の絶対性・優位性が崩れ 誰もが“ブラック彼氏”に

 要因はそれだけではありません。
女性の地位が社会的・経済的に向上したおかげで、女性は男性に生活を依存したり、“選んでもらう”という考え方をしなくてよくなりました。

 セックスにおいても同じです。
女性が自分の性欲に自覚的になり、「何をエロいと思うかは自分で決めていいんだ」と気付きはじめた結果、男性の自分勝手な歪んだ性欲に、無理やり合わせてあげる必要はなくなってきています。

 さらに、インターネットの普及は、他人の恋愛環境を知ることを容易にしました。
他の女性が、自分より良い男性と付き合っているのを知ってしまうと、「あれ、私の彼ってだめじゃない…?」「もっといい男がいるはずでは…?」という思いにとらわれていく。
すると、自分の彼氏が相対的に“ブラック彼氏”に見えてきてしまうのです。

 こんな状況で、“本命彼氏”を一人に決めることが果たして可能でしょうか。
恋愛相手としてのときめき、安らぎ、セックスの相性、結婚相手としての条件、経済力、性格や価値観の一致、さらに、将来的には父親になる資質まで……。
これらすべてを、一人でまかなえる男性なんてこの世に存在しません。

 このように、“本命彼氏”の絶対性・優位性はとっくに崩壊しているのです。
つまり、“オワコン”です。

 ひょっとすると、私たちはこれまで「本命彼氏と恋愛した末に結婚するのが理想である」という“恋愛結婚イデオロギー”によって、一人の男性にすべてを背負わせ過ぎていたのかもしれません。
これは、正規雇用の社員が構造的に働かされ過ぎている、現在の雇用・労働状況と似ていますよね。

 だからこそ、働き方と同じで、恋愛もリスクヘッジをしようという女性が現われても、なんら不思議ではありません。
“ノマドセックス女子”は、そのひとつの表われにすぎないのです。

“ノマドセックス女子”炎上によって
叩かれたのは誰だったのか

 この連載の第1回が公開されるや、Twitterを中心にほとんど炎上のような反響が巻き起こり、中には侮蔑や嫌悪感に近い批判もありました。
この記事のせいでAM全体の品位を下げてしまったのではないかと、他の連載陣のみなさんには『どげせん』『謝男』ばりの土下座をかましたい気持ちでいっぱいです。

 ただ、おもしろかったのは、「女性を性的に貶めるような記事はけしからん!」といった、ある意味まっとうな批判のほかに、「ほらほら、こういう女がいるからダメなんだよ!」という論調の叩き方が、思いのほか多かったことです。

 正直、いるかどうかもわからない“ノマドセックス女子”という存在(この手の記事でそれを言っちゃあおしまいなんですが、ここまで読んでくださった酔狂なみなさんになら言ってもいいですよね?)を叩くということは、もともと女性に対してなんらかのミソジニー(=女性への蔑視や嫌悪)や、男性と同じことを女性がすることに対するルサンチマン(男性の女遊びは、ときに武勇伝的に語られるのに)を抱いていたということでしょう。
“ノマドセックス女子”という言葉が生まれ、仮想敵が出現したことによって、そのミソジニーやルサンチマンを向ける矛先ができた、というわけです。

 なんだか、これってネットの炎上の仕組みそのものであると同時に、本来の“ノマドワーク”批判の縮図にもなっているなあ、と思ったのでした。

 確かに、これまで通りの働き方や恋愛を理想とする人にとって、ノマドワーカーや“ノマドセックス女子”はルール違反であり、モラルから逸脱した存在です。
でも、そのルールやモラルそのものが、これからは変化していく可能性だってあるのです。
だとしたら、問題にすべきはノマドワーカーや“ノマドセックス女子”ではなく、彼らを生み出している社会の仕組みや背景のほうではないでしょうか。

 “ノマドセックス女子”という言葉が、人はなぜセックスするのか、人はどう恋愛すべきなのかといった根源的な問題を突きつけ、いま現在“よし”とされているセックス・恋愛・結婚のスタイルを考え直すきっかけになってくれたら、私としてはしめしめです。

 ここまで長いことお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
そして、私のことは嫌いでも、AMのことは嫌いにならないでくださぁい!!!

Text/福田フクスケ

読者アンケート

AMではより楽しく役に立つサイトを目指すため、読者アンケートを実施しております。
本アンケートにご協力お願いします。
アンケートはこちら

■合わせて読みたい
3月特集
2月特集
都合のいい女にされるセックス
少年アヤちゃん恋の東京散歩

ライタープロフィール

福田フクスケ
フリーライター。“くすぶり男子”の視点から恋愛やジェンダー、セックスなどを考察。

今月の特集

AMのこぼれ話