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  • 2016.09.04

3歳で開眼!ラブライフアドバイザーが生まれた理由

AM読者のみなさんは、幼稚園や小学生の時に好きになった子の「どこが好き」かという質問に何と答えていましたか?以外と、その頃から異性の好きになるポイントは変わっていないのではないでしょうか?今回はOLIVIAさんが現在の仕事に就くキッカケにもなったであろう3歳当時のお話です。

ラブライフアドバイザーになった理由

OLIVIA オーガズムフル・ライフ セックス
©Alexander Annenkov

 前回公開した“おかん時代”の写真のインパクトが強かったようで、読者の方々から「コメントを書く手が震えた」「本当に同一人物?!」と驚かれました。
日本人は、他人の苦労話や努力話に優越感や高揚感をおぼえる性質があるようで、最近では、「感動ポルノ」とも言われていますよね。
「おかん時代は、非モテで、さぞ辛い日々だったろうに…」「OLIVIAさんの類まれなる努力があって、今があるのね…」と、私の黒歴史公開に胸を打たれた方々…

 ごめんなさい!

 エロス道を歩み始めてからは、見知らぬ土地を冒険するように、新しい扉をどんどん開いていって、ワクワクして、楽しくて、「辛い苦労」とは無縁だったのです。
自分の「女性性」や「エロス」にかぶせていた、分厚いマンホールの蓋を取り払ったような解放感で、極めれば極めるほど、どんどん自分が自由になっていきました。
そのあたりのエピソードは、追ってお話ししていきますね。

 さて、私が、最もよく聞かれる質問
「なんで、この仕事に就こうと思われたのですか?」
皆さん、気になりますよね。

 この質問に答えるためには、幼少期まで時代をさかのぼることになります。
ラブライフアドバイザーとしての萌芽があらわれたのは、実は、保育園の頃。
当時3才のオリちゃんには、保育園で同じクラスだったお気に入りの男の子がいました。
「オリちゃんは、〇〇君のどこが好きなの?」と先生が聞くと、すかさず、「〇〇君のおちんちんが好き」と答えていたそうです。
当時の連絡ノートにそのことが書き記されていると、のちに母から聞きました。
幼児の無邪気な好奇心とはいえ、男女のカラダの違いに興味があったのは、今と変わらなかったようです。
「三つ子の魂百まで」と言いますが、私は、ナチュラル・ボーン・ラブライフアドバイザーなのかもしれません。

人生初の「公開処刑」

 しかし、それからしばらくして、その無邪気な好奇心に蓋をする日がやってきます。
当時の私は、お絵描きやぬりえが大好き。
父の日に描いた「おとうさんの絵」が、お絵かきコンクールで入賞するほどの腕前で、両親もその才能を伸ばそうと、「絵画教室に通わせようかしら」と話し合っていました。
ある日、幼稚園に上がったオリちゃんは、新しい遊びを思いつきました。

 ぬりえの男性キャラクターに「キテレツ大百科」の勉三さんの目(3 3)のような男性器、女性キャラクターに女性器をイメージした割れ目(Y)を描く遊びです。

 ぬりえに3とYを描き込んで達成感に浸っていたところ、母から弟妹3人に招集がかかります。
「これを描いたのは誰?」
目の前にあるのは、わたしの力作のぬりえ帳!
しかも、兄弟で一番背の高い私しか届かないタンスの上のお道具箱に入れておいたので、犯人は私しかいない!
生まれて初めての公開処刑。
ただならぬ詰問の中、私が放った言葉は、「お、お、お父さんじゃない?」
(お父さんなわけねーだろ!)
今ならわかる。
でも、当時のオリちゃんは、わからなかった。
「どうやら、母に怒られるようなまずいことをしてしまったらしい」「ぬりえに男女のシンボルを描いてはいけないらしい」という、後味の悪さと腑に落ちない気持ちともに、性器への執着心にそっと蓋をしたのです。 多くの日本人が通過儀礼のように体験する、親から「性的なことに興味を持つことは、はしたない(とくに女の子は)」と刷り込まれる躾。
私も、漏れることなく、それを体験したのでした。

つづく。

Text/OLIVIA

次回は<「ご両親はこの仕事を知っていますか?」家族へのカミングアウト>です。
ラブライフアドバイザーのOLIVIAさんが読者によく聞かれるのが、「ご両親はこの仕事を知っていますか?」という質問。AM読者のみなさんも気になるんじゃないでしょうか。実は、お母様もOLIVIAさんのファンなのです!家族が応援してくれる理由には、深イイ秘密がありました。

ライタープロフィール

OLIVIA(オリビア)
1980年生まれ。ラブライフアドバイザー。

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