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  • 2016.11.15

VHSの普及は、本当にAVのおかげ?――ビデオとエロの結びつきとAV前史

「ビデオが家庭に普及したのはAVのおかげ」という話、AM読者のみなさんも聞いたことがありませんか?VR(バーチャル・リアリティ)技術への注目で一層聞かれるようになりましたが、それって本当なんでしょうか。この噂に作用していたのは、AVよりも前にとても意外な結びつき方をしていたビデオとエロの関係性でした!

ビデオの普及はAVのおかげ?

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 研究
by Laura Lee Moreau

「ビデオデッキが家庭に普及したのはアダルトビデオのおかげである」という都市伝説めいた言説がある。
もう少し正確に言うと、日本ビクターの制作したVHSとソニーの制作したベータマックスがしのぎを削る「VHS/ベータ戦争」において、最終的に、アダルトに強かったVHSが家庭に普及することになった、というストーリーだ。聞いたことがある人も多いだろうと思う。

「AVを研究してるんですよ」と自己紹介すると、自称「事情通」ほど、この話を得意げに私に教えたがる。
特に最近は、「VR(バーチャル・リアリティ)技術を引っ張っていくのはエロだ! ビデオがそうだったように!」という形でこの話が聞かれることが多くなった。

 たしかに、「VHS/ベータ戦争」の真っ只中、「裏ビデオ」(性器のモザイク処理がなく正規の流通に乗らないAV)が観たいという男性の欲望を利用して、ビデオデッキがセットで売られていたことはおそらく事実だろう。
そして実際、裏ビデオ目当てで高価なビデオデッキを購入した人々も一定数いたことだろうと思う。
その程度には、この都市伝説は間違ってはいない。

 だが、エロの力だけでほとんどの世帯にまでビデオデッキを普及させることは、本当に可能なのだろうか?
ビデオデッキの普及には複雑な市場の力学がはたらいていたはずなのに、ビデオの歴史を辿ると、なぜかアダルトな話ばかりだ。

 このように性がもつ力を過大評価した噂が広まったのは、「アダルトビデオ」の誕生以前から、ビデオテクノロジーにエロのイメージが結びついていたからではないか、とする研究がある。
それでは一体、「アダルトビデオ」誕生前はどのようにビデオとエロが結びついていたのか?
今回のテーマは、そんな「AV前史」である。

どこで観るメディアだったのか?

 そもそも「AV前史」を語るためには、いったいいつ「AV史」が始まったのか明らかにしなくてはいけないが、これは業界では『ビニ本の女・秘奥覗き』と『OLワレメ白書・熟した秘園』の2作品が発売された1981年5月だとされている。
つまりこの2作品は、フィルム撮りして劇場公開されたピンク映画をテープに焼き直したものではなく、初めてビデオで撮り下ろされた作品=アダルトビデオであったわけだ。

 しかしもちろん、81年以前にもビデオテクノロジー自体は存在していた。
そのときからすでにビデオが性的なイメージと結びついていたことを雑誌の分析から明らかにしたのが、溝尻真也「ビデオテクノロジーの歴史的展開にみる技術/空間/セクシュアリティ――1970 年代日本におけるビデオ受容空間とそのイメージの変遷」という論文である。
論文といっても構える必要はない。特に面白いところだけハイライトでご紹介しよう。

 この論文によると、1971年に流通していたビデオソフトは、業務用が98%。家庭にはまったく普及なんてしていない。
それなのに、「成人娯楽」カテゴリに属するもの、つまりピンク映画の焼きなおしが60%を占めていた。

 では、「業務用」のエロビデオをいったいどこで観るのかというと、モーテルやラブホテルといったカップル向けの商業施設だった。
すなわち当時のエロビデオは、もっぱらカップルがセックスになだれこむにあたっての雰囲気作り、興奮材料として使われていたわけである。
つまり重要なのは、今ではアダルト動画は基本的に一人、個室でこそこそ観るものになっているが、AV誕生以前は、(映画館でなければ)カップルのような親密な関係性のもとで視聴されていたということだ。しかも、オナニーのためのものですらない。

 2016年現在と比較した場合、鑑賞方法の乖離だけで十分興味深いが、もっと面白いのはここからだ。
ビデオとセックスの結びつきは、「観る」行為だけが媒介していたのではない。
実は、自分たちで「撮る」メディアとしてもイメージされていたのである。

撮る/撮られるラブホテル

「撮る」とはどういうことか。
どうやら、「料金を投入するとベッドの上に備え付けられた固定式のビデオカメラが録画を開始し、一定時間経つと自動的にその録画された映像がテレビモニター上で再生される」(p. 45)というシステムだったようだ。

 そんなマニアックなプレイをする人なんて、滅多にいないんじゃないの? と思う人もいるかもしれないが、溝尻によれば「自分たちの姿を撮るテクノロジーとしてのラブホテルのビデオ撮影装置を採り上げる雑誌記事は、ポルノ作品を観るテクノロジーとしてビデオを捉えるそれよりもはるかに多い」(p. 45)。
特に、まるでピンク映画の主人公になったかのように自分たちのセックスを撮影・鑑賞することで、再び興奮して2回戦へ……というような使い方が想定されていたようである。

 [ホテルの]料金表に「次回お越しの節はポルノシステムマル秘特別VTRのお部屋をどうぞ」とメッセージがはさみこんであって、いわく「愛し合う二人がその場で自分達のポルノをテレビの画面で声と一緒に鑑賞し主役を褒めたたえ、そして、再び燃えてもらいます」(原文のまま)とあった。
(『週刊大衆』1972年4月13日号、角カッコ筆者)

 もちろん雑誌記事なので、おもしろおかしく書こうという意図のせいで現実が誇張されているということもあるだろう。
しかし、「イメージ」として、「撮る」ことを介してビデオとエロが結びついていたのは少なくとも間違いない。
しかもそれは、今のように自慰のための孤独なメディアとしてではなく、カップルという親密な関係性のもとで使用されるメディアとして想定されていたのだ。

 さて、そんな「AV前史」は、「AV史」とゆるやかに繋がってゆく。

 ラブホテルの撮影サービスでは、「再生が終わるとテープは巻き戻され、次の利用者の映像が上書きされ」たりなどして動画は消されるはずなのだが(p. 45)、安田義章という性風俗資料収集家は、なんとラブホと結託してこの映像を収集していた。
そして伊勢鱗太郎というAV監督は、そこに収められた演出の全くない素人的エロスに目をつけ、「消し忘れ」と題したシリーズを80年代にヒットさせることになる(藤木TDC『アダルトビデオ革命史』)。

 この「消し忘れ」シリーズのリアリティをより人為的に作品に組み込もうとした結果、「ハメ撮り」という名称が誕生するより早く、伊勢監督は「ハメ撮り」を始めている。85年頃のことだ(前掲書)。
その後、ビデオカメラの小型化とともに撮影が簡単になり、ナンパモノ、素人モノへとエロのアマチュアリズムの系譜がつながっていくのである。

  *  *  *

 AVが生まれる前から、ビデオはエロと結びついていた。しかし、孤独なメディアとしてではなく、親密なメディアとして。
といっても、今でも女性向けAVではよく「彼にも観て学んでもらって!」みたいな言い方がされるし、『Body talk lesson for couples』のようにそもそもカップルでの視聴が想定されているAVもある。ビデオテクノロジーはまた親密性を取り戻しているのだろうか。
しかし逆に、アダルトVRのせいで若者たちは親密なセックスからさらに離れて、孤独なオナニーを楽しむのではないか……という予言めいた言説もある。

 実際、アダルトコンテンツとVRを組み合わせたものはすでにかなりの数現れているし(《バーチャルおっぱい、未来の嫁……アダルトVRは女性とのセックスを超える?》)、こういったものが人々の身体感覚に影響しないわけがない。
ただし、それこそビデオがそうであったように、VRは過剰にアダルトイメージを背負わされすぎている気もする。
永田大輔という研究者が、ビデオの初期普及戦略には「教育の場」が大切だったと指摘しているが、VRもそうなるかもしれない。

 ポルノの研究をしているからこそ言うが、エロは技術ひとつを普及させてしまえるほど立派なものではないだろう。1回オナニーして冷静になろうじゃないか。

Text/服部恵典

次回は<バイブはなぜ生まれたのか――治療としての手マンとお医者さま>です。
バイブ、電マといえばラブグッズの王様。でもこれ、実は19世紀後半からあったって知ってましたか?しかもその用途は、治療法としての手マンを楽にするための医療器具だったのです!いったい何を治すための道具だったのか?AVみたいに、治療している間に興奮しちゃうなんてことはなかったのか?歴史をひもといてみましょう!

ライタープロフィール

服部恵典
東京大学大学院修士課程1年。同大学卒業論文では、社会学的に女性向けアダルト動画について論じる。

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