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  • 2016.10.04

AV女優でオナニーする人間の倫理――杏美月の結婚と紅音ほたるの死

「性の商品化」やAV女優の出演強要問題については語ることは難しいという、現役東大大学院生の服部恵典さん。しかし、タートル今田監督『杏美月のすべて』と、元AV女優の紅音ほたるさんの突然の死から、AVの倫理について気付かされたことがあったそうです。AM読者の皆さんも、一緒に考えてみてはいかがでしょうか。

AV女優は「人」である

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 研究
by dario perrone

 AVをテーマにした研究はそこそこ存在するが、強いて言えば、私はその中でもAVを楽しむ視聴体験や、視聴者、ファンに興味がある。
だから、AVの倫理、具体的に言えば「性の商品化」や出演強要問題については、それを専門に研究している人に比べれば知識が劣っている。

 ゆえに、上半身では一生懸命AVについて真面目に考えているのに下半身では出演する女優(や男優)をオナニーのために道具化、モノ化する汚らわしい自分自身、というものをどう考えていいのか、分からないところがある。
というか、小ざかしくも、そんなことは考えないようにしているのかもしれないとすら思う。

 だが最近、後頭部をガツンと殴られたように、「ああ、AV女優は『モノ』ではない、『人』なのだ」と、当たり前のことに気づいた瞬間が二度あった。
今回はAV女優の幸福と死から、AVの倫理について考えてみたい。

杏美月の結婚

『テレクラキャノンボール2013』でAV業界を越えて有名になったカンパニー松尾監督の傑作選オールナイト上映会が、8月下旬に行われた。
松尾監督の作品ももちろん最高だったが、監督引退前最後のイベント登壇ということでゲストとして登場した、タートル今田監督の『あの娘のドキュメント AV女優 杏美月のすべて』(上映版)が、個人的には一番グッときた。
何ならちょっと涙目になってしまったし、会場でDVDを購入して、人生で初めてサインをお願いしてしまったほどである。

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 研究 杏美月のすべて
©『杏美月のすべて』

 作品では、杏が生まれ育ちAV女優として「発見」された大阪の街を、2泊3日で今田監督と2人で食いだおれツアーデートし、杏のライフストーリーを掘り下げながら、親密なハメ撮りが繰り広げられる。
だが、作品前半で彼女が語る生い立ちが、私に「女優が人間であることの自覚」を迫ったわけではない。

 なにせ「語るAV女優」という存在は、なんら珍しいものではないのだから。
語ることはむしろ仕事の一部であり、それどころか語ることで彼女たちは「AV女優」になっていくのである(鈴木涼美『「AV女優」の社会学――なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』)。
「語り」を消費することで視聴者が興奮するのはよくある話で、実際、作品前半は、杏美月のすっぴんとだらしない樽ボディが逆にエロティックで、AVとして「使える」名作だなあと思って観ていたのだ。

 だから、本当に私が胸を打たれたのは、婚約者がいることを杏が今田に告白した以降だ。
特に、結婚を機に引退すると決めた杏への今田監督のメッセージが、Weekday Sleepersがメロウに歌い上げる「バラバラ」とともに流れるエンディングである。

引退後のAV女優の人生を想像するということ

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 研究 杏美月のすべて
©『杏美月のすべて』

キミが僕にくれた引退宣言のメールを読んで
キミがふともらした言葉を思い出しました
“今までは楽して生きようと思ってたけど…”
“これからは楽しく生きようと思っている”

ちょっとした覚悟と宣言のような言葉を
カメラのまわっていない時に、キミはハッキリと僕に言いました
あの時、真意を計り兼ねたあの言葉は
キミが大事なものをちゃんと手に入れた
大きな喜びと少しの不安が混じった言葉だったのかな?と今は思います
そして美月さん、そのヤサシイからだで
どうか沢山の幸せを胸一杯に!
(原文ママ、太字筆者)

 ああどうか幸せになってほしい、と今田とともに願って涙がこみ上げてきたとき、私は「AV女優」ではなく「人」としての杏美月を愛しているのだと思った。
AV女優に引退後の人生があり、それは我々に消費されることなく、知られることなく、過ぎていくということ。そのことが、AV女優が「モノ」ではなく「人」であることを実感させるのである。

 ただし、作品内で「風俗もあがります」と宣言していた杏美月は、現在もAV女優在籍の風俗店で働いており、Twitterアカウントも稼働している。
まあ、だから結局、我々は今もその生活を消費できるようになってしまったのだが、そこにも「人間味」を感じるではないか。

 さて、私にAVの倫理を迫ったエピソードの1つ目は、幸福に、心が豊かになる出来事であった。
しかしもう一方は、痛ましく、苦しい出来事であった。

紅音ほたるの死

 8月15日、元AV女優の紅音ほたるが亡くなった。喘息の急性発作による窒息死だという。

 AV女優時代は潮吹きパフォーマンスでその名を轟かせ、引退後はポールダンサー、DJとして活躍したほか、一般社団法人つけなアカンプロジェクトの立ち上げを行うなど性に関するアドバイザーでもあった。AMでインタビューを行ったこともある

 あまりに若く、あまりに突然の死だった。
それゆえか、その死の「真相」――窒息死に決まっているが――をめぐって、インターネットでは根も葉もない噂が飛び交った。
自殺、薬物、彼氏による殺人……。ワイドショー好みの、闇の深い死因の妄想である。
私はこの下品で俗な噂の数々に、怒りを覚えた。

死にうる存在としてのAV女優

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 研究 監督失格
©『監督失格』

 これまでにも、急死したAV女優はいた。たとえば林由美香であり、飯島愛だ。
紙幅の関係上、林の死についてのみ述べるが、これは平野勝之監督のドキュメンタリー映画『監督失格』に詳しい。
私の23年間で出会った映画のなかで、最も強烈で、最も好きな映画かもしれない。

 かつてプライベートで愛人関係をもっていた林と平野。2人のハメ撮り自転車旅行はAV化されただけでなく、『由美香』としてドキュメンタリー映画化もされている。
平野は『由美香』の感覚が忘れられず数年ぶりに林を撮ろうと打ち合わせを重ねていたが、撮影当日、林は現場にやってこなかった。
ハメ撮り師としての直感なのか職業病なのかカメラを回したまま、林を心配した平野は彼女の親とともに部屋を訪れるのだが、そのとき、ひっそりとひとり亡くなっていた林の死体を発見してしまうのだ(カメラからは死角になっている)。
そのシーンの緊迫感といったら、フィクションでは絶対に演出不可能である。

 林の場合も、その死因をめぐって憶測が飛び交った。
死体の第一発見者である平野がビデオカメラをもっていたことが、あまりに「できすぎ」ていたために、平野による殺人説さえあった。

 AV女優の周りには、黒い噂を引き寄せる磁場があり、俗で下品な憶測を呼び込む言説の力学がある。その根っこには、女優の存在をクスリや犯罪や不幸と結びつけようとする蔑視があるのだ。
今回、紅音ほたるの死をめぐって感じた私の怒りの源はここにある。

画面の向こう側にある人生

 社会学者の赤川学は、鈴木涼美との対談で「私の人生が変わったのは好きだったAV女優たちが死んでからなんです。林由美香や飯島愛、九〇年代にあれほど好きだった人たちがあっさり死んでしまったことで、生きる意味を考え直しました」(『PONTO』vol.2)と語った。

 AV女優の死とは、「愛する女性」の死だ。これは大げさではない。
なのにどうして、人々は紅音ほたるを静かに送ってやることができないのか。

 人は死ぬ。簡単に、突然に、死ぬ。
運命によってタイミングは違えど、それを避けることは決して出来ない。
現在進行形で「死んでいく」存在が人間なのだ。

 女優たちは、AVを再生すれば何度でも息を吹き返すかに見える。
画面表面のその姿は光の錯覚が見せているだけで、その意味では比喩ではなく物理的に「モノ」だ。だから我々は、画面の向こうに人間が、人生が、存在していることを忘れてしまうのかもしれない。
しかし、フレームの外側で、女優は死にうる。その事実に気づくことこそが、女優を「モノ」から「人」にするのである。

  *   *   *

 女性を道具化して楽しんでおいて、「ああそういえば人間だった」「できれば幸せになってほしい、安らかに眠ってほしい」と祈ることは男のエゴだろうか。
全くもってその通りだと私も思う。まさに「オナニー」だ。
だが、不幸であるよりは幸福であってくれと、まやかしにすぎない「自己決定」でもいいから、「AV女優をやってよかった」と思っていてくれと願うこと、「愛する女」の死を悼むこと、これは最低限とはいえ必須の倫理である。

 素朴ですまない。しかし、ここからしか、AVの倫理は出発できないのではないだろうか。
 
Text/服部恵典

次回は <なぜエロメンは料理するのか?――女性向けAVの料理シーンを考える>です。
AMで「ヒモが作る、いたわりご飯」を連載中のまいったねぇさん。いつも彼女とのステキな生活を綴ってくれていますが、料理が上手な男性ってみなさんどう思いますか?実はSILK LABO作品にも、料理する男性はよく出てくるそうです!たくさんの作品と厚生労働省の統計を用いて、男性の「花嫁修業」について考察します。

ライタープロフィール

服部恵典
東京大学大学院修士課程1年。同大学卒業論文では、社会学的に女性向けアダルト動画について論じる。

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