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  • 2016.08.09

「男はみな不感症」である?――射精オーガズムの神話

「女性のオーガズムは男性の7倍気持ちいい」という噂、一度は聞いたことありませんか?たしかに射精の地味さを考えると、男性は女性より全員「不感症」なのかもしれません。しかし、オーガズムの常識を疑ってみると、ベッドだけでなく社会を揺らすような結論に至るのかも……?

「賢者タイム」と「男の不感症」

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 研究
©Ed Ivanushkin

 研究する。観る。ついでに抜く。ふうとため息。「東大まで入ってAVの研究って何だよ」と自己嫌悪に陥る。これがだいたい1セット。

 楽しい研究生活を送る私を一瞬ほの暗い気持ちにさせているのは、いわゆる「賢者タイム」というやつだ。
こんな「うっ、ピュッ」のためだけに何をくだらない時間をすごしているのだ、と急に憂鬱になってしまう。

 エロ漫画で描かれるようにショットグラス1杯分ぐらい射精できればさぞ爽快だろうが、基本的にはいくら溜めようと「ピュッ」なのだからしょうもない。
それでも、AVの女性たちのように大声であえぎ、ときには白目を剥き、場合によっては失神するぐらいの快感が身を襲うのであれば憂鬱感・倦怠感とバランスがとれるかもしれないが、所詮は「うっ」というぐらいの気持ちよさしかない。
それなのに、明くる日も明くる日もオナニーを続けてしまう男たち。情けない気持ちになってくる。

 おそらく誰しも「女性のオーガズムは男性の7倍気持ちいい」というような噂を聞いたことがあるだろう。
逆に言えば、男性の射精の気持ちよさは、女性の7分の1しかないのだ。絶望だ。
誰がどうやって測るんだよと思うが、10倍、100倍という噂もある。
ただ数字の正確性はともかく、射精がそんなに気持ちよくないというのは、間違いないだろう。

 哲学者の森岡正博は、こうした事実から「男は不感症だ」と言った。
別に森岡自身が遅漏だとか射精障害なのではない。森岡いわく、男なるものは全員不感症なのである。

 性交中や射精時には、たしかに気持ちよさはあるのだが、それはけっして[注:女性が経験するように]「頭が真っ白になる」ようなものでもないし、「心の底からよろこびがあふれる」ようなものでもない。射精をするたびに、自分が感じているものが、ペニスの中を精液がズルズルと通り過ぎて痙攣する局部的な快感でしかなく、「心が満たされるような充足感」などどこにも存在しないことを、強制的に再確認させられ続ける。(『生命学に何ができるか』278-9ページ)

 ポルノや、極めて遺憾なことにレイプに夢中になってしまう男たち。しかし、射精そのものにたいした気持ちよさはない。
森岡によるこのズレの指摘は、とても興味深いものである(女性に夢を持ちすぎなのではないかという話は別として)。

 私も「射精はたいして気持ちよくない」という事実には納得する。
しかし、「でも……」と思う部分はないだろうか?
「男は本当に不感症なのか」。次の節からより詳しく考えてみよう。

ドライ・オーガズムの可能性

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 研究
『オトコのカラダはキモチいい』

 森岡とは真逆の立場から書かれた本がある。その名も『オトコのカラダはキモチいい』
AMでもセックスについて語ってきたAV監督の二村ヒトシ、やおい・BLを専門に研究する社会学者の金田淳子、「アダルトグッズ評論家」の異名を持っていたという編集者・文筆家の岡田育、3名によるトークイベントが書籍化したものだ。
こんな愉快なメンバーで何を語っているのかというと、ずーっと男性のアナルと乳首の話ばっかりなのである。

 とにかくこの本で重要なのは、ペニスにこだわらなくなると、「オトコのカラダはキモチいい」と気付き始めるということだ。
特にアナル、前立腺によるオーガズム。これらは射精を伴わないことがあり、その場合「ウェット・オーガズム」(射精)に対して「ドライ・オーガズム」と呼ばれる(なお射精する場合は、「突かれて出る」のでゲイ用語で俗に「トコロテン」とも呼ばれる)。
そして、射精を伴わないので何度でもイクことができる。

 私も怖いもの見たさで、これらをテーマにしたAVである「オスガズム」シリーズなどを少し観たことがあるが、そこに映っているのはあまりの気持ちよさに男たちが泣き叫びながらオーガズムに達する姿である。
(ちなみに、『オスガズム 春原未来』では最終的に、素の姿をさらけ出した男たちを見て「人間好きだわ」と言いながら春原も泣く。素晴らしい怪作である。)
要するに、下品な言葉だが男たちが「メスイキ」する。女性のようにイクのだ。
こういうAVを観れば誰でも、「男は不感症である」なんて嘘じゃないかと思うだろう。

 だが、森岡はこうしたドライ・オーガズムの存在を知っても、男は不感症であるという説を取り下げない。
なぜなら「性の快楽を高めることによって『男の不感症』の問題を解決するというのは、どことなく筋が違うように思えてならなかった」(『決定版 感じない男』204ページ)からだという。
「どことなく筋が違う」というのはどういうことなのか、詳しく説明されていないのでこちらもうまく批判しづらいが、勝手にその感覚を想像するならば、「裏技を使うなんてずるい!」という感じだろうか。

 だが、男の“裏門”を刺激するのは裏技なのか?
我々の貧しい想像力がそう感じさせているだけで、正攻法である可能性はないのか?

射精オーガズムの神話

 性医学の常識はときに大転換する。たとえば女性の場合、昔は「膣オーガズムの神話」があった。
つまり、生殖のためにはペニスをヴァギナに挿入する必要があり、それが「セックス」なのだから、男がペニスで感じるように女は膣で感じるはずである、という「神話」だ。

 しかし、特にAM読者にとっては常識かもしれないが、「中イキ」よりも「外イキ」のほうがしやすい女性は多い。
つまり女性は実は、膣よりもクリトリスのほうがオーガズムに達しやすい。これはせいぜい数十年前に知られたことである。

「膣オーガズムの神話」とは、アン・コートというフェミニストが1970年に発表したエッセイのタイトルであるが、この神話の崩壊は非常に政治的・社会的な意味があった。
単純に言うならば、膣内の刺激にこだわらなくてもよいならば、性関係にペニス=男性が要らなくなるからである。
それは、男性支配からの脱出の端緒ですらあったのだ。
何しろ、アンドレア・ドウォーキンというフェミニストは「すべてのセックスはレイプである」とまで言ったのだから。

 では、男の場合はどうだろう。
森岡の「ドライ・オーガズムは筋が違う」という感覚は、射精こそが男性のオーガズムであるという固定観念から抜け出せていないのではないか。
言い換えれば、森岡は「射精はすごく気持ちのよい、至福の体験であるという神話」(『決定版 感じない男』35ページ)は疑うことができたが、「膣オーガズムの神話」ならぬ「射精オーガズムの神話」そのものは疑えていないのではないか。
そうなれば、“ドライ・オーガズムもの”がAVコーナーの深奥から溢れだして、ペニスではなく前立腺が男性の快楽の中心になっていく未来が描けないではない。

 哲学者の千葉雅也もツイートしていたが、今のところ、前立腺によるオーガズムは、男性の女性化(何せ「メスイキ」だ)、あるいは秘術的なものとして捉えられているように思う。
しかしそうではなく、男が男のまま「裏」で感じるのが当たり前である社会は、論理的にはありえなくはない。
私も直感的には「ありえない」と感じてしまうが、そんなものは信用ならない。
だって、魔女狩りのころは「悪魔の乳首」だと思われていたクリトリスに、今はみな夢中なのだから。

「膣オーガズムの神話」の崩壊は、ベッドだけでなく社会をも揺らした。
ならば、もし「射精オーガズムの神話」が崩壊したら……?

 うーん、どうなるだろう。
ただ、考えていると、とてつもなく愉快ではある。

Text/服部恵典

 次回は《いざ行かん熱海秘宝館――女性も楽しめるエロ・アミューズメントパークとして》です。

ライタープロフィール

服部恵典
東京大学大学院修士課程1年。同大学卒業論文では、社会学的に女性向けアダルト動画について論じる。

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