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  • 2016.07.26

「女性のエロスイッチは視覚ではない」は本当か?――ポルノの男女比較、日米比較

ときめいたり興奮したりするポイントの男女差はAMのコラムでもときどき語られます。特に多いのは、男性のポイントを目、女性のポイントをそれ以外に置くもの。でも、それってどこまで本当なんでしょう?ポルノの男女比較と日米比較で常識を疑っていきます!

女性のエロスイッチは視覚ではない?

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 研究
©Guilherme Yagui

「男は目で恋に落ち、女は耳で恋に落ちる」。
イギリスの政治家、ジャーナリストのウッドロウ・ワイアットが言った、誰もが聞いたことのある言葉である。

 男女の性愛の違いについては、他にも「女はシチュエーションを大事にする」とか「女は関係性を大事にする」とか、様々なバリエーションを聞いたことがあるだろう。
何にせよとにかくこういった言葉は、女性は目で恋をしないということを言っているわけだ。
ポルノについての連載用に大胆に言い換えれば、「女性のエロスイッチは視覚ではない」ということである。
だが果たして、それはどこまで本当なのか?
この命題を吟味するのが今回のテーマである。

 たしかに、女は目ではないという考えは、世間に流布するだけあって一理ある。いや二理、三理ぐらいあるかもしれない。
なにしろこうした格言や分析は、ただ個人的な経験から述べられるだけではなく、場合によっては進化生物学や脳科学を引用して説明される(俗流のものは、文系学生の私でもちょっと検索して調べれば分かるぐらいの間違いもあったりするが)。

 しかし、だ。
女性向けAVが一定の成功を収めつつある今、「女性のエロスイッチは視覚ではない」という主張にかつてほどの説得力はない。
結局、女性がAVを観なかったのは、部分的には、18禁の店やコーナーに入りづらいというAVへのアクセスの問題であり、「こういうのが観たいんじゃない!」という作品の内容の問題にすぎなかった。身体のつくりだけの問題ではなかった。

 デリケートで、人によって考えも感覚も異なるテーマだから、反論やそれに続く反論はいくらでもありうるだろう。
それらすべてを考えることは不可能だけれども、「『女性のエロスイッチは視覚ではない』とそう単純に言えるだろうか」ということについて、この連載のテーマに沿ったかたちで検討してみよう。

女性は男性よりストーリー重視?

 まずはじめに、「女のエロスイッチは視覚ではない」仮説に対する、「女性向けAVがあるんだから女性も視覚で興奮するんじゃないか」という反論について。
実際、この反論に対する反論は容易だろう。「女性向けAVのドラマパートの長さは、ストーリーを重視する女性たちの好みを表しているのだ。男性の身体に視覚的に興奮しているのではない」と言えばいい。

 いや、でも、と私は思う。
男性向けAVで性行為以外のシーンが短いのは、男性がストーリーやシチュエーションなしでも身体に直接興奮できるからなのか?
たしかにそういう面がないとは言わないが、男性向けAVにシチュエーションがないと言い切るのは事実誤認であるように思われる。
考えるに、男性向けAVは、長い時間をかけて洗練されていった結果、制作者と視聴者の間でかなり複雑な「お約束」が共有され、ストーリーによる長ったらしい説明が不要になっているだけなのではないか。

 巨乳のメイドは何でも言うことを聞いてくれるし、水泳部に入部した男子が自分一人だったらプールサイドで複数プレイできるし、マッサージ店で勃起したら店員は必ず抜いてくれるし、利き手を骨折して入院しているならば看護師が自慰を手伝ってくれる。
そこに「なぜ?」はない。「そういうものなのだ」というお約束の体系が強固に広範に備わっているのが男性向けAVなのであり、すっきりと省略された空白のシチュエーションを、男性視聴者はほぼ間違えることなく想像で埋めることができるのである。

 もしくは逆に、「男性向けAVには、ストーリーもシチュエーションもちゃんと書いてあるぞ」という答え方も出来る。その一例として、「Hunter」など一部のメーカーには、恐ろしく長いタイトルが最近多い。
たとえば『小・中・高と全く友達が出来なかった僕は、誕生日を家族以外に祝ってもらったことがない。さすがに20歳の誕生日なのに可哀想だと姉が勝手に気を遣い、姉の友人を集めてくれた。でも、ただ飲みたいだけのタチの悪い姉の友人たちは祝うどころか、どんどん酔っ払って主役が誰だかわからないただの飲み会状態。やっぱりかと落胆していたら、じゃ誕生日プレゼントあげちゃう!とパンチラ胸チラのバースデーサービス連発!で勃起!さらに「どうせ童貞なんでしょ?誕生日のイイ思い出作ろうか」と夢の3Pが2回!さらには4Pが1回!計7人(ひとりは姉)とのセックスを体験!』がある。
このように、適度なベタさとオリジナリティがあるストーリー、シチュエーションがタイトルに全部ぎゅっと詰まっているのだ。しかも「(ひとりは姉)」と括弧で添える細やかな気配り。
このおかげで男性は、性行為シーン以外をすっ飛ばしたとしても、SILK LABOなどの女性向けAVのストーリーが伝えるのと同程度に複雑なコンテクストのもと、セックスを観ることが可能なのである。
ここにHunterとSILK LABOの違いはただひとつ、「ネタバレ」があるかどうかしかない。

 しかも一方で、女性向けAVの脱ストーリー化も始まってきた。
2016年5月に発売されたばかりの『Black or White ITTETSU』は、みぃみぃさんの紹介記事にあるとおり、「ドラマもシチュエーションもなく、男女がいきなりセックスを始めるというチャレンジングな作品」である。
そもそも、ストーリーのない女性向けAVの例を挙げて説明せずとも、男性向けAVのほうが好きだという女性も多いだろう。
「男のAVにストーリーは要らない。女のAVはストーリー重視」と特徴を述べるのは、別に間違いだと言い切りたいわけではないが、そろそろ単純過ぎるまとめ方になってきている。

男性の体を見ても興奮しない?

 しかし、もう少し踏み込めば「ストーリーではない、視線が大事なのだ」という反論もありうる。
第一回などで何度も書いてきたように、男性向けAVのカメラが女優だけを映そうとするのに対し、女性向けAVのカメラは「男女」を同時に映す第三者的立ち位置に置かれている。
この違いも、「女は目を通じて興奮しない」仮説を補強するかもしれない。
すなわち、男は女性の身体だけ(しかも女性器や胸、脚、尻、腋、舌といったパーツだけ)で視覚的に興奮し、女は男性の身体よりも2人の関係性を読み取って興奮するのだと。

 手前味噌ながら、納得のすばらしい反論だ!
しかし、このむなしい一人相撲を続けるならば、さらにこういう反論がありうる。
「服部さんが分析しているのは日本のポルノだけですよね」と。

 社会学者・瀬地山角の1998年の論文、「ポルノグラフィーの政治学――性の商品化という問い」は、当時の女性向けポルノの日米比較を行っている。
瀬地山によれば、日本はレディコミなどの漫画が主流であるのに対し、アメリカは写真誌が主流であったらしい。
2008年まで日本版でも発売されていた有名写真誌「PLAYBOY」は、アメリカには女性版の「Playgirl」があり、「ここでは男性のヌードが写真の中心となっている」。
要するに「これは男性向けポルノグラフィーの図式を全く逆にしたもので、女性の視線が男性の身体を領有するという構図をとっている」(p. 77)のである。
すなわち、「男女」を映す第三者的視点という日本の女性向けAVの特徴はここにはなく、アメリカの女性のエロスイッチは視覚的であるようなのだ。
「男女の脳が違う」というような医学・生物学的説明では、日本人女性とアメリカ人女性の嗜好の違いを説明できない。

 ちなみに、男性向けのポルノも日米で違うらしい。
6月に発売されたばかりの長澤均『ポルノ・ムービーの映像美学』によれば、「日本のAVでは、男のイキ顔のアップは滅多に撮らずに女優の表情に終始するが、アメリカ、そしてヨーロッパのハードコアでは、男優のイキ顔は必須のシーンとなっている」(p. 45)そうだ。
欧米の男性向けAVは、日本の女性向けAVと特徴が重なっている。
「女は……」という主語がときに大きすぎるのと同様に、「男は……」という括り方もときに粗雑なようである。

  *  *  *

 さて、これまでの議論だけでは「女性のエロスイッチは視覚ではない」が真っ赤な嘘であるとまでは言えない。
しかし、丸ごと飲み込めるほど真実ではない、ということは分かっていただけただろうか。

「言霊」ではないが、「目では興奮しないぞ!」と思い込んでいると本当にそのとおりになってしまうということはありうる。それは自分の可能性を縛る鎖になってしまう。
「常識」とされていることを一旦「本当だろうか?」と考えることは、研究の場でも何でも、非常に重要なことであるはずだ。

Text/服部恵典

 次回は《「男はみな不感症」である?――射精オーガズムの神話》です。

ライタープロフィール

服部恵典
東京大学大学院修士課程1年。同大学卒業論文では、社会学的に女性向けアダルト動画について論じる。

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