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  • 2016.06.28

忌避される「リアルゲイ」――密やかに隠されるホモセクシュアル

私たちの社会で、そして女性向けAVで、男性の同性愛が隠されているのはなぜなのでしょう? 考えるための題材は、日本の武士社会、SILK LABOのエイプリルフール企画、それから『おそ松さん』のパロディAV……?

密やかに隠されるホモセクシュアリティ

東大院生のポルノグラフィ研究ノート 服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 研究
©Georgie Pauwels

 前回は最後に、「男性向けAVならば女性同士でセクシャルな行為に及ぶことは珍しいことではないのに、女性向けAVで男同士ちょっと仲が良いだけでどうして驚かなくてはいけないのか?」と、自己批判的に問いを投げかけた。
我々は、ホモセクシュアリティに満たない、BL的ホモソーシャルですら過敏に反応してしまう。
理由はおそらく、男性の同性愛が我々の目に触れないように、密やかに隠されているからだ。

 それは、この社会において隠されていると同時に、(世間のBL人気の割に)女性向けAVにおいても現れていない。
違法の女性向けアダルト動画サイトなどでゲイ男性向けAVを編集したものが公開されていたりすることはあるが、数はそれほど多くない。
また、前回見たように、SILK LABOで許されているのは男たちの親愛をほのめかすことまでで、男優が男優の股間を撫でさすれば文字通り「NG」シーンになってしまうのだ。

 出鼻をくじくようで本当に申し訳ないが、「なぜ男性同性愛はいかなる場所でも隠されるのか」という問いは、一介の学生に答えを出せるようなものではない。
私が手に負える範囲、誠実でいられる範囲で今から書いていくのは、ほんのヒントか、周縁的なテーマにすぎないということを、あらかじめご了承いただきたい。

武士は「ゲイ」ではなかった

 さて、なぜこの社会において男性のホモセクシュアルが隠されているのか。
いろいろな考え方はあるが、前回とのつながりで言えば、「男性優位なホモソーシャルにとって都合がよいから」というのが答えになるだろう。
振り返りになるが、イヴ・コゾフスキー・セジウィックいわく、近代社会が異性愛を強いているのは、女性を欲望の客体=モノとみなしてその社会的な力を弱めておくためであり、同じモノに欲望を注ぐことによって男性が団結するためなのである。

 ただし、日本の武士社会など、男性同性愛に溢れた社会がかつて存在していたことをご存知の方も中にはいるだろう。
織田信長と森蘭丸や上杉謙信と直江兼続などが有名だが、そこでは男性同士の愛は「衆道」と呼ばれ、むしろ美徳とされていたのだ。

 ちなみに、こうした例を引いて、「日本は昔からゲイ(やバイセクシュアル)に差別意識のない文化だったのだ」と言われることがたまにある。
だが、一理あるとはいえ、この発言のすべてを受け入れてしまうわけにはいかない。
「今の日本が性的マイノリティに差別意識がないとは言えない」というのがその大きな理由の一つだが、同様に重要なのは「当時、『ゲイ(やバイセクシュアル)』というカテゴリはなかった」ということである。

 ミシェル・フーコーという20世紀を代表する思想家によれば、近代より以前に「ゲイ」という種類の人間は存在しなかった。
存在したのは、男性同性愛の「行為」だけである。

フーコーいわく、「性」が人間の奥底に眠る、何かとてつもないエネルギーをもった重要なものとしてみなされ、人格を説明するものになったのは近代になってようやくのことなのだ。

 私なりに簡単に言い換えるなら、前近代において男性同性愛は「趣味」に属するような行為であった。
しかし今や、同性愛とは「生き方」でありその人を表す「アイデンティティ」なのである。
この「行為」と「アイデンティティ」の区別は、後ほどまた重要になるので、頭の片隅に入れておいてほしい。

「もちろんエイプリルフールです」

 さて、世間のBL人気の割に女性向けAVにホモセクシュアリティが少ないことの分析の導入として、前回の記事に対する読者からのありがたいコメントに応えよう。
みぃみぃさんなどから、「BL的要素がほとんど月野氏に属してる」とツッコミが入ったのだ。
今回書くつもりだったので触れなかったが、コメントはその通りである。
もちろん月野帯人の演技にOKを出した監督の存在や、他の男優の要素も考慮しないといけないとはいえ、私もBL性が月野のキャラクターによっているところは大きいと思う。

 実際、SILK LABOが「ボーイズラブ作品を撮りました」と嘘をついた2014年のエイプリルフール企画でも、「月野さんは、なんかニヤニヤしてて嬉しそうでした(笑)『エロメンの4Pはどうですか?』なんて提案もあったり(笑)」といういじられ方をしており、月野のキャラクターは公式も認めるところである。

 ただ、このエイプリルフール企画は、社会学者・やおい研究家の金田淳子などから批判を浴びることとなった(Togetter「シルクラボさんのBL」に詳しい)。
SILK LABO公式ツイッターアカウントによる「ボーイズラブはもちのろんのん、エイプリルフールです!!」(原文ママ)というネタバラシツイートが、「女性のエロを扱う会社なのに、BL実写なんてありえないと考えているのは腐女子蔑視ではないか」と考えられたからだ。

 私も、金田と全く同意見である。
ただし、つくって儲かるかどうか経済合理性だけを考えた場合、男性同性愛を描いたAVをSILK LABOがつくるには高いハードルがあるのは確かだとは思う。
理由は様々あるが、一つ挙げるとすれば、BL作品をつくったところで、腐女子層にすらどの程度人気が出るのか分からないということが重要だ。

 たとえば、アニメ『おそ松さん』に登場するキャラクターである一松とカラ松の人気カップリングをパロディしたAV『イチカラはじめよう~次男と四男の秘メゴト~』への反応を考えてみよう。

東大院生のポルノグラフィ研究ノート 服部恵典 一カラ イチカラはじめよう
『イチカラはじめよう~次男と四男の秘メゴト~』

 このAVの情報が出たとき、Twitterでの反応は賛否両論、というかほとんど阿鼻叫喚に近かった(『TIGER & BUNNY』のパロディAVが出たときなども同様だった)。
そしてそのなかには「気持ち悪い」「吐きそう」といった感想が(吐き気を訴えるカラ松の画像を使ったものも含め)少なくなかったのである。
このことから、いったい何が言えるだろうか。

現実と幻想の逆転

 一般的に、漫画アニメ原作を実写化することへの批判は非常に多い。
好きだからこそ、その「再現度」が低い場合が不安なわけだ。
『おそ松さん』ファンの「二次元だからこそいいのだ」という叫びには、当然この思いも混じっている。
デフォルメされたあの姿が愛らしいのだし、作品愛・作品知識のない人間に自分の愛する作品をいじくり回してほしくないという気持ちはよく分かる。

 しかし、「気持ち悪い」という感想には、それ以上の意味がこもっているはずだ。おそらく、男性同性愛を実写化することへの嫌悪感である。
先と同様、「再現度」が不安であるだけでなく、この場合は、再現度が高すぎること、あまりに生々しいことへの不快感である。

 私もBL漫画は趣味として少々嗜んでおり、逆にゲイ男性向けAVは研究のために観るのでも憂鬱であるから、「リアルすぎて嫌だ」という感覚は分かる。
だが、この感覚は逆転している。正確には、2次元BLが「フィクションすぎる」のだ。
3次元上にゲイが先にいて、それを参照しながら2次元のBLが描かれているはずなのに、人気が出たせいで2次元が「本物」に、実在するゲイが「偽物」になってしまっているのである。

 我々は満天の星空を見て、「プラネタリウムみたい」という感想をこぼすことがある。だが本来、プラネタリウムのほうが星空を模してつくられているのだ。
我々は、我々を囲む幻想に慣らされて、現実への感度が壊れてしまった世界に生きている。

「ホモソーシャル」を構成する同性愛嫌悪がはびこるこの社会において、嫌われ者であるゲイを美しくデフォルメしたのが二次元BL(=プラネタリウム)である。
「気持ち悪い」「吐きそう」という感覚は、過度に美化するこのフィルターを通さずに、裸眼でありのままを見た結果なのではないか。

 社会学者の石田仁は、「ゲイに共感する女性たち」(『ユリイカ』2007年6月臨時増刊号)で、腐女子たちの「リアルゲイに興味なし」という上記のような態度について論じている。
つまり「偽物」のゲイは、無印の「ゲイ」ではなくわざわざ「リアル」という言葉がつけられてしまうのだ。

 石田は、「『ほっといてください』という表明をめぐって」(『ユリイカ』同年12月臨時増刊号)で問題をさらに詳しく論じているので興味がある方はそれらを読んでいただくとして、ここでは石田とはまた別に、ごく素朴な結論だけ書いておこう。
つまり上述したように、「行為」と「アイデンティティ」は違うのだ。

 プラネタリウムにはプラネタリウムの良さがあることを否定するつもりはないし、無理やり男性の同性愛行為を視聴する必要もない。
そもそも同性愛者も、別に自分たちの行為を見て興奮してほしいと思っているわけではないだろう(むしろレズビアンは自身のエロティシズム化に不満を持っているかもしれない)。

 しかし、「行為」に対する「気持ち悪い」「吐きそう」という感覚を、「人間」にぶつけるのは極めて問題である。
これは女性にだけ言うのではない、むしろ男性に向けて言うべきなのかもしれない。

「罪を憎んで人を憎まず」という言葉がある。同性愛は絶対に「罪」ではないが、示唆的な言葉だ。
同性愛が生き様と結びつけられる(られてしまう)現代だからこそ、嫌いな「行為」を見ない自由を持ちながら、しかし切り分けて「人」を愛することが重要なのではないか。

  *  *  *

 本来は「なぜ社会で、女性向けAVで、男性同性愛が隠されているのか」という問いだったはずだが、「ホモソーシャルがあるから」「リアルすぎるから」という答えをちらりと見せただけで、脇道に逸れて思わぬところに着地してしまった。
しかも、「性的マイノリティを差別するな」という学生の主張など、肉乃小路ニクヨさんや「2CHOPO」の連載があるAMの読者の方々には釈迦に説法だったかもしれない。

 ただ、誠実に難問と向かい合うことはできなかったが、書きたいこと、伝えたいこと、書けることだけを書くという別の誠実さに突き動かされた結果なのだ、という言い訳で容赦していただいて、今回ももう筆を置こう。

Text/服部恵典

 次回は《女性向けAVのパロディと「AV OPEN」の勝機――『兄カノ。』に見る男性向けメーカーの思惑》です。

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ライタープロフィール

服部恵典
東京大学大学院修士課程1年。同大学卒業論文では、社会学的に女性向けアダルト動画について論じる。

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