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  • 2016.11.16

10分に1回濡れ場があること」がルール?日活ロマンポルノが復活/日活ロマンポルノ

数多くの有名監督を輩出したことでも知られる『日活ロマンポルノ』がこのたび塩田明彦、白石和彌、園子温、中田秀夫、行定勲を迎え復活!日活の経営難を救ったピンク映画は、新たなスターを生み出すのでしょうか?日活プロデューサーにお話を伺ってきました。

日活ロマンポルノ ポルノ映画 復活 ロマンポルノ・リブート・プロジェクト プロデューサー※左からプロデューサー西尾さん、サブリーダー高木さん、宣伝滝口さん

 『ヒメアノ~ル』や『日本で一番悪い奴ら』など、数々のヒット作を世に送り出している大手映画会社、日活。
しかし、日活と聞いて多くの人の脳裏に浮かぶのは「日活ロマンポルノ」じゃないでしょうか。
一度はその火を消したものの、日本の成人映画の代名詞であり、今も根強いファンが多い日活ロマンポルノ。
そんな伝説的映画レーベルが生誕45周年を記念して、日本映画界を代表する監督陣、塩田明彦、白石和彌、園子温、中田秀夫、行定勲を迎え、「ロマンポルノ・リブート・プロジェクト」として復活。
豪華プロジェクトの概要と裏側を、プロデューサー、宣伝担当のみなさまにお話を伺ってきました。

生き残るために始めたのが「ロマンポルノ」

――AMの読者には「日活ロマンポルノ」って馴染みが薄いと思うんですが、まず、ロマンポルノとはどんなものなのか、どうやって発生して消えていったのか教えてもらえますか。

高木:「日活」は1912年創業、100年以上の歴史がある映画会社です。石原裕次郎や小林旭、吉永小百合のスター映画がヒットを続けていましたが、1960年代の半ばからテレビが普及し始めて、映画館に足を運ぶ人が少なくなってきたんですね。
映画産業が斜陽化して、会社の経営状態も悪化していく中で何とかして生き残ろうと、当時人気のあったピンク映画の製作に参入した。それが1971年、「日活ロマンポルノ」の始まりです。ピンク映画は低予算で作れて集客も期待できますから。大作や児童映画も作ってはいたのですが、中心はロマンポルノでやっていこうということになりました。

――いきなりロマンポルノ主体になったんですか? 今まで石原裕次郎の映画を撮ってた会社がって思うと、ちょっとびっくりしますね。

高木:ロマンポルノ路線は成功してその後十数年続くんですが、80年代になるとそれを脅かすものとして、家庭用のビデオデッキが普及し、AVが出てきたんです。日活ロマンポルノって本番行為をしているわけじゃないし、今観ると性表現もそれほど過激じゃないんですよね。当時は映画のレイティングが「成人」と「一般」しかなかったんですけど、今の基準でいうとR15くらいのものもたくさんあります。そうすると、自宅で手軽に観られて性表現が過激なAVにお客さんを持っていかれてしまうのは仕方ないですよね。
で、だんだん需要が減って、1988年にその歴史を閉じたんです。


――成人映画っていうとまず「日活ロマンポルノ」っていうイメージがあるんですけど、もともとピンク映画という土壌はあったんですね。

高木:そうですね。でも、それらのピンク映画は低予算で製作されていて、本編は基本モノクロで、カラミの部分だけカラーになるようなものだったんです。日活ロマンポルノは全編カラーにして、低予算ではあるけれども従来のピンク映画よりはお金をかけて作った。日活には撮影所があり、衣装やセットが使えたっていうのも、作品のクオリティがあがる要因だったと思います。


――実は私、思春期の頃一度ロマンポルノに触れてるんですよ。父親が押し入れの中に隠し持ってたエロビデオの中に日活ロマンポルノがあって。エッチな映画だと思ってドキドキしてたのに、実際に観てみるとコメディがあったり、不条理があったり、最後にはみんな死んじゃうような悲惨な話があったりで、すごく衝撃を受けたのを覚えてます。ロマンポルノってヌキ重視じゃないですよね。ストーリー重視というか世界観重視というか。

高木:そうですね。ロマンポルノを始めようってなったときに、会社に残ったのが「どんな状況でも映画を作り続けたい」っていうスタッフ達だったんです。大スターたちの映画を撮っていた監督やカメラマンなど、一流のスタッフもたくさんいた。そして、上の世代が会社を辞めていったことをチャンスと考えて、面白い映画を作ろう!と燃える社員もいたんです。
あと、映画のターゲットは男性でも、ロマンポルノの主演はほとんどが女優さんじゃないですか。その頃の女優さんにとって、自分の裸が拡散してポルノ女優というレッテルが貼られてしまうロマンポルノは、出演を決めるのが今よりもハードルが高かったんだと思います。だから、女優陣が出演してもいいと思える物語を作らなきゃっていうのはあったんじゃないでしょうか。

1本70分で3本立て


――当時は、どれくらいの本数をつくってたんですか。

高木:今は映画って1本で上映するのが普通ですけど、ロマンポルノは基本的に2~3本立てで、当初は10日間で演目を変えるっていう方式だったんです。

――3本って凄い! いくらエロでも疲れそう(笑)。

高木:これは1本の尺が短いからできるんです。日活ロマンポルノには「上映時間が70分程度」とか「10分に1回濡れ場があること」とか「撮影日数は7~10日間」とかいうフォーマット(製作条件)があったんですよ。

――逆にそこを抑えておけば、自由に作品が撮れた……なんていう話も聞きますよね。17年で1100本というと相当いろんな作品があったと思うんですが、どんな傾向のものが人気だったんでしょう。

高木:白川和子や片桐夕子などのスター女優が出演した作品はやっぱり人気があったみたいです。あとは谷ナオミさんのSM作品とか……。『団地妻 昼下りの情事』で有名な「団地妻」も人気がありシリーズ化してますね。『女教師』などの職業モノは人気あったんじゃないかな。

――職業モノ……。今も昔も男性の趣味ってあんまり変わらないんだなあ、

高木:そうですね。コスプレか人妻か(笑)

次回につづきます

Text/遠藤遊佐

次回は<女の方が強い!?現代の草食化を反映した新・ロマンポルノ/日活ロマンポルノ>です。
数多くの有名監督、女優を輩出したことでも知られる『日活ロマンポルノ』がこのたび塩田明彦、白石和彌、園子温、中田秀夫、行定勲を迎え復活!日活の経営難を救ったピンク映画は、新たなスターを生み出すのでしょうか?前回に引き続きvol.2をお楽しみください。

ライタープロフィール

遠藤遊佐
AVとオナニーをこよなく愛するアラフォーライター。

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