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  • 2016.11.14

人ではなくオンナとして評価されたい時もある…「セックス目的」大歓迎期

ヤリマン絶頂期のときは、男性から「セックス目的扱い」されることがたまらなくうれしかったという菊池美佳子さん。人間性、社会性、知性……そういったものすべてを度外視されただ「女」ということだけは認められているという、こじれ気味の喜び。では、ヤリマンではなくなってきた菊池さんの現在の心境とは?

オンナとして必要とされたいから…

菊池美佳子 セックス オトコを甘やかすな
by Stas Svechnikov

 イチオウ物書きのはしくれとして、文章に用いる言葉には、自分なりのこだわりを持っております。たとえば、「カラダ目的」ではなく「セックス目的」という書き方をするのが、筆者のモットー。「私のカラダが目当てだったのね!」って、オッパイがFカップ以上で、乳輪はベイビーピンクで、ウエストは60センチ以下で、もちろんオマ○コにもミミズ千匹とかカズノコ天井とかイソギンチャクとか、何らかの特典が付いている婦女子だけに許されたセリフだと思っております。

 対してセックス目的って言い方は、ペチャパイだろうと、乳輪が黒かろうと、ビールっ腹だろうと、平々凡々なオマ○コだろうと、全ての婦女子が使える言い回しです。逆から言うと、世の男性たちは、ペチャパイだろうと、乳輪が黒かろうと、ビールっ腹だろうと、平々凡々なオマ○コだろうと、セックスできればオッケーって考え方が主流なのでしょうね。要するに、「オンナなら誰でもいい」って感覚ですよ。

 それを踏まえたうえで、ヤリマン絶頂期だった頃は、男性から「セックス目的扱い」されることが嬉しくてたまりませんでした。人間性だとか、社会性だとか、知性だとか、そういった類のあれやこれやをすっ飛ばして、セックス目的! これって、「オンナ」としての部分しか見ていないってことですよね。極端な言い方をすると、「人間性がクズで、社会的にもゴミで、知性ゼロだったとしても、オンナだからセックスしたい」ってことになります。

 いや、むしろ当時の筆者は、自分自身の人間性や社会性や知性に、それなりの自信があったのでしょう。そういえば当時、とある男友達に、「菊池さん(筆者の名です)は、女子力はないけど、人間力はある」って言われたことがありました。「そうか自分は、人間性はあるのか!」「ついでに社会性と知性もあるってことで」「だとすると足りないのはオンナとしての部分か!」って結論に達したのだと思います。

「人間性とか社会性とか知性部門で必要とされるのではなく!」「オンナとして必要とされたいんです!」って感情が芽生えたとき、人はヤリマンになるのでしょう。だからこそ、セックス目的な扱いが嬉しくてたまらなかったわけです。人間性・社会性・知性ではなく、オンナ部門で評価されているってことで、当時は充足感を得ていたのでしょう。

「ヤリマン時期」は周回する

 ここまでは、ヤリマン絶頂期の話です。最近の筆者は、セックス目的扱いがちっとも嬉しくありません。この心境の変化っておそらく、それなりに自信を持っていた人間性・社会性・知性に関する自己採点に、疑問が沸いてきたためでしょう。「それなりと思ってきたけど、実はそうでもないかも……」と。そのため、人間性・社会性・知性で必要とされたいモードに突入し、オンナとしての部分は後回しになっている気がします。

  もうしばらくして、再び人間性・社会性・知性に自信が持てるようになったら、またヤリマンに戻るのかもしれません。こんなふうにヤリマンとは、いったんヤリマンになったら未来永劫ヤリマンってわけではなく、内面の変化に照応していくものなのでしょう。
とりあえず、いま現在のご自分がヤリマンか否か確かめるには、「セックス目的扱い」が嬉しいのか、はたまた嬉しくないのか、自問自答してみることをオススメします。

Text/菊池美佳子

次回は <クリぼっち(クリトリスぼっちじゃない)の斬新な回避方法>です。
クリスマスまであと1ヶ月ほど。そろそろ「クリぼっち」回避のための作戦を練らなければいけませんね。もちろん、「クリトリスひとりぼっち」じゃなくて「クリスマスひとりぼっち」のほうですよ!そんなとき、最近流行っている「カモフレ」=カモフラージュフレンドという手段があったりなかったり……?

ライタープロフィール

菊池美佳子
文筆業・占い師。著書『着けちゃうぞ!大人の保健体育』『テレフォンセックス裏物語』『Sの妹Mの彼女』など

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