完無視が完全に一致している「私と夫の似ているところ」

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前回、私の夫がその昔、「ナイトメア」なる走り屋グループに所属していた、という話をしたら、場内が騒然としてしまったが、夫とて大して真面目な人間というわけではなく、もちろんダメな部分も多々あるのだ。
けれど、配偶者の悪口などインターネットなんかに書くものではない。デスノートとか所定の位置に書くべきものである。

ただ、私に比べれば夫の方がちゃんとしているのも確かだ。だがそれも私に比べればの話であり、ケツを触ってくる女と、チンコを握ってくる女、後者の方が痴女という感じがするが、結局両方等しく痴女なのである。

そんなわけで、今回のテーマは「私と夫の似ているところ」だ。

まず、全く似ていないのは「美意識」である。これは、夫がしまむらで私がパリコレという、ファッションセンスの違いなどという些末な意味ではない。読んで字のごとく「美しいと感じる基準」が違う。

「キレイ」と思う基準に差がありすぎるため、私が掃除した後、夫が改めて掃除をしはじめる、ということが多々あるのだ。私の劇的ビフォアアフターのアフターは、夫にとってはビフォアであり、今すぐ匠がなんとかしないといけないレベルの汚さなのである。

しかし、夫は「汚ねえ」と思っても「おいここ汚いぞ」と嫁に言うだけの、昭和の遺物として有名な「事実報告マシーン」ではなく、むしろ絶対、私にやれとは言わないのだ。
「便所をもっとキレイに使え」は10回ぐらい言っているが「お前がトイレ掃除しろ」は一回も言ったことがない。

よって、私が「俺の考えた最強の掃除」をした後に、夫がさらに掃除をし始めるのを見てイラつくこともあるが、何せ私に「もっとキレイにしろ」と言ってくるわけではないため何も言えない。

ともかく良く動く人であり、とりわけ他人のために働くことを苦にしていない。ここも私とは真反対なところだ。
私は他人のためどころか自分のことでも滅多に動かない。最終的に、自室に己の尿をつめたペットボトルを並べる「尿コレ」を開催するタイプである。

この時点で人として全く共通点がないように見えるが、似ているというか「感覚が近い」部分がないわけではない。