「責任」をとるすべての行為が自己満足な女

©Supreme Sunday : Charlotte Beaudry By Marc Wathieu

自己責任女jiko-sekinin onna
生息地:働く場ならどこにでも。きょうだいを複数抱える家庭から多く発生。 特徴:大体が第1子。「責任感につぶされないようにね」など、責任に対しての褒め言葉に弱い。

 姐御肌。いるわね。上司のミスは黙ってフォローし、部下の失態には頭を下げる「できた女子」。会社では同僚から部下から上司からすべての責任を一気に背負い、家庭でも仕事も子育ても、旦那の世話(もしくは養育)ですらきっちりこなして、親の借金まで肩代わりしちゃったりするスーパーウーマン。かっこいいわ。

 でも、そんな彼女たちを見ていると、気の毒になってしまうの。なんでもかんでも自分の責任として背負ってしまうから。まるで自分を罰しているみたいに、どんどん重荷を進んで背負ってしまう背中をぎゅっとして、「そこまでやるのは、あなたにとっても背負われた人にも毒よ」と言ってあげたくなる。

 そんななんでも自分で背負ってしまう「自己責任感女」。でも、やたらと責任感の過剰な人間は、実は責任をとりたがらない人と一緒。
 「自己責任女」は、すべて自分のせいにすることで、「ほらアタシこんなに健気でしょ?」アピールをしてる。自分を罰するように責任を大量に抱え込むことで誰かに認めてもらいたいと思っている。自分を肯定してもらいたいからこそ、全てを自分に課してしまうの。それと正反対に、何か責任が必要になってくると全部誰かに押し付ける「責任回避女」もいる。それは何か責任を負わなければいけないことから逃げることで、間違いやミスをしない人間として見られたい証拠。

 両者はまったく反対に見えるのだけれど、実は同じ。「ミスをしないこと」で自分の価値を高め、他人に認めてもらいたいと望む「責任回避女」と、自分に課す重荷を増やす「自己責任女」は、どちらも責任を利用を自分の価値に置き換えるので、結局同じ心理。同じ「責任」の価値を後者は「量」で高め、前者は(成功率を上げることによる)「質」で訴えかけている、その違いだけ。

 「自己責任女」の何が問題かって、周囲にいる他人の長所を伸ばすのではなく、潰してしまっているから。

 何でも自分でやって、何でもマイウェイで解決しようとして、必要ないものにまで責任を持ってやることで、他人を甘やかし、寄生させ、自分で考える頭を持たせない。他人の責任を負うということは、他人に責任という「自覚」を感じさせない行為。過保護な親と一緒。スネちゃまのママちゃま同じよ! 相手を寄生させることで、「しょうがなわね、アタシがいないと」と自己満足に浸り、自立心を潰して支配下に置こうとしているように見えるわ。

 でも、人間一人が責任を負える量なんてたかがしれている。結局、何でも責任を負う「自己責任女」は、どこかで取りこぼしているの。いたるところで、ぽろぽろと赤ちゃんが鶏そぼろごはん(牛そぼろでもいいけど。なんなら卵そぼろでもいいわ……ってどうでもいいわっ、と自分で突っ込んでみるわ。ごめんなさい……)をこぼすように、責任の細かいカケラをとっ散らかしてるのよ。

 それでもなぜそんな行為がやめられないか。それは「自己責任女」にとって「責任」をとるすべての行為が「自己満足」だから。自分の中でアドレナリンが出て、「きもちい~」と感じてしまう行為が、そうそう簡単にやめられるわけがない。責任を過剰にとりすぎる態度は、自己愛の現れ。

 自己責任なんか強調しなくたって、人に愛される方法はいくらでもある。責任をとることで集まってくる人間なんて、本当にその人を愛している人間なんかじゃない。ただ責任を勝手に転嫁させてくれることが嬉しいだけの、計算高い人間よ。早く自己責任から解放されて、自分自身を愛してくれる人たちを見つけて欲しいものだわ。

advice

「責任」はとる対象の人間にとって本当にタメになるか考えてからとるのが、愛情。とりすぎると、上司も部下も彼氏も夫も子どもすらダメにしてしまうから、気を付けて!