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  • 2012.09.20

第14回:『不機嫌なジーン』~ムダに悩むから人間は愛おしい!?~

男の浮気はしょうがない? 恋愛を遺伝子で説明する異色ドラマ

By benachou
©By benachou

 みんな、どう? 最近、本能にまかせた恋愛してる?
理性のブレーキが効きすぎて、生殖本能が満たせていない福田です。
今週も往年の恋愛ドラマをあえて見直し、勝手に深読みしていきましょう。

 今回のテーマは、竹内結子と内野聖陽が動物行動学の研究者を演じ、月9ドラマとしては異例のラストが賛否両論を巻き起こした『不機嫌なジーン』(2005年、フジテレビ)です。

 このドラマ、途中でいきなり生物学の豆知識がはさまれたり、CGやアニメ、テロップを多用したり、毎話の最後に「今週のおさらい」が入ったり……と、なかなか意欲的な試みの目立つ作品でした。
ところが、こうした斬新な演出や、途中で何度も年月が経つストーリー展開、なにより最終回で主役のふたりが結局結ばれない、という結末に戸惑いや不満を覚えた視聴者が多かったらしく、平均視聴率は14.3%といまいちヒットはしませんでした。

 しかし、「恋愛って、遺伝子に組み込まれた、ただの生殖欲求と何が違うの?」という新しい視点を持ち込んだこの作品は、とても示唆に富んだ、興味深い恋愛ドラマに仕上がっています。

 大学の修士課程で動物行動学を専攻している蒼井仁子(竹内結子)は、テントウムシを研究対象とする無類の生き物好き。

 ロンドン留学中に凄腕の有能な学者・南原孝史(内野聖陽)と付き合いますが、女たらしで浮気性だったため1年で破局。
それ以来、「オスはたくさんのメスと交尾して、自分の遺伝子を残すためなら、どんなウソでも平気でつく」という考えに至り、男性不信になってしまいます。

 そこへ、南原が大学の客員教授として帰国。再び彼女に猛烈なアプローチをかけるところから、物語は動き始めます。

人間は遺伝子や本能を捨て、ムダに思い悩むことを選んだ!?

 このドラマのテーマは、第7話のふたりの以下のやりとりに集約されているでしょう。

仁子「生き物には愛情なんかないってあなたはバカにするけれど、やっぱり遺伝子では説明できない何かがある!」
南原「そのことに関しては、科学者としてイエスとは言えない」
仁子「いつか証明してみせるから。私がきっと」

 オスはよりたくさんのメスと、メスはより強いオスと交尾して、後世に子孫を残す。
本来、生き物にとって男女の営みとはただそれだけのこと。

 しかし、人間は“恋する気持ち”や“愛情”といったあいまいな感情を手にしたせいで、遺伝子や本能だけでは割り切れない悩みを抱えるようになってしまったわけです。

 ロンドン留学時代、浮気性の南原と付き合うことに悩んでいた仁子は、ノートにこんなメモを残しています。

『今日はもっと冷静になるために、彼の欠点を書きだしてみよう。
 1.自分勝手
 2.ナルシスト
 3.自信過剰
 4.いつもブツブツ文句ばっか
 5.寂しがり屋 すぐに泣く。それも私の前でだけ
ああ、なんてことだ。書いているうちにすごいことに気付いてしまった。
私は彼の欠点が大嫌いなのだ。と同時に愛しいのだ。
私はなんてアホなんだ』(第4話より)


 欠点ばかりでどうしようもない男なのに、なぜか嫌いになれない。
種として優秀なオスを求めるのがメスの本能なら、こんな男に惹かれてしまうのはおかしいですよね。
まさに“遺伝子では説明できない”、典型的な恋愛あるあるです。

南原「好きだ好きだでどうこうできるなら、俺だってこんなに悩んだりしない!
いいか、人生とはままならない。
進化の過程で鳥が翼を持つことを選び、アリクイがアリを食うことを選んだように、人間も悩むことを選んだのだ。
悩み、考えることで進化した哀れな動物、それが人間だ。
100%満ちたりてる人間なんて1人もいない。
“超幸せ”とか言ってる花嫁ですら、自分のカメラ写りに悩んでる。
俺たちは死ぬまでこの呪縛から解放されることはない」 (第5話より)


 人間が、いかに遺伝子や本能とは無関係の、本来は必要のないムダなことで悩んでいるか。
とりわけ恋愛においてそれが顕著だということを、このドラマは明るみにしています。

賛否両論! ラストでふたりはなぜ別れてしまったのか           

By Jinx!
©By Jinx!

 もうひとつ、本作には重要な問題が描かれています。
それは、「男女の対等な恋愛関係は、本当に成立するのか?」ということです。

 南原の研究者としての有能な腕に惹かれ、彼に認められたくて研究にのめり込んでいく仁子。
やがて、再び南原への正直な気持ちに気付いた彼女は、ついに彼からのプロポーズを受け入れます。
しかし、研究者として成長していた仁子と南原との間には、思わぬ問題が立ちふさがることになります。

 最終話、研究のためオーストラリアへ行くことになった南原は、自分についてくるよう仁子に命じます。

「じゃあ来てくれ。でも後悔するなよ。
俺は、お前に一生安定した生活を約束する。
 きれいな家に住み、何からも、どんな災害からもお前を守る。
だから、俺の子を産み、その子を共に育てて、いつも俺のそばで笑っていてくれ」


 しかし彼には、仁子がそんなことを言っておとなしくついてくるような女ではないこともわかっていました。
わかっていて、あえて突き放すようなことを言ったのです。

 なぜなら、彼の心の中にはいつしか「仁子の成長はうれしいが、俺を超えることなくいて欲しい」という気持ちが芽生えてしまっていたからです。
このままでは、彼女のためにならない。そう思った彼は、仁子に本音を伝えます。

「これ以上一緒にいたら、俺はお前の夢をつぶしたくなる! お前が俺から飛び立てないように」

 そして、南原に半ば背中を押される形で、ふたりは泣く泣く別れるのです。
どんな困難や障壁があっても、なんだかんだ最後は丸く収まるのが定番だった月9ドラマで、このラストはまさに異例です。

 なぜ、ふたりは別れなければならなかったのか。
それは、別れ際に仁子が言った、「戻りたい。昔の、教授が好きだっただけの自分に」というセリフが象徴しています。

 かつての仁子は、凄腕の研究者である南原を一方的に尊敬し、追いかけていました。
付き合う男性としては欠点だらけでも、そこに「南原>仁子」という上下関係/主従関係があったからこそ、ふたりの恋愛は成り立っていたのです。

 もし、昔のままの仁子なら、南原のプロポーズを受け入れ、ともにオーストラリアへ旅立っていたでしょう。
ところが、研究者としての成長を果たし、南原と「対等」になってしまった仁子には、一方的に献身したり、なにかを犠牲にするような「恋愛」は、もはやできないのです。

“対等な恋愛”なんて幻想だ! ムダこそ愛おしい人間の恋愛

 南原の同期である神宮寺教授(小林聡美)は、第10話でこんなことを言っています。

「男女平等って言うけど、平等なんて変だもの。
だってもともと、作りが違うんだから。
お互いの長所と欠点を助けたり、助けられたり、そうやって男女は平行線でやっていくしかないんだと思う。
まあうちもね、いろんな面で彼より私のほうが上だけど、身長だけは下。
そのただひとつ、どうやっても勝てない下がある、ってことが心地いいの。
彼に見下ろされていると、ときどきどうしようもなく幸せな気持ちになる」


 男女平等こそ正しくて、お互い対等な関係こそ理想的。
私たちはそう思っていますが、自然界のオスメスや、現実の恋愛はどうでしょうか。
身分にしろ、経済力にしろ、セックスにしろ、どちらか一方がもう一方を支配したり、振り回したり、依存されたり、なんらかの力関係があるからこそ、お互いを補い合ってうまくいっているとも言えます。
平等で対等なんて、実は幻想にすぎないのです。

 しかしこのドラマは、遺伝子や本能を踏みはずしてしまった人間の恋愛を、ムダだと否定しているわけではありません。
むしろ、そういったムダなことで悩むあわいにこそ、人間の可能性と愛おしさがある。
それが、本作のメッセージです。

仁子「人間って、あきれるほど不器用な生きものなんだから。
どうでもいいことを難しく考えたり、悩んだり、ムダなことばっかり。
遺伝子を残すためだけに生きていたらどんなに楽か。
(中略)
でも、もしかしたらそんなムダなところに何か、宝物がある。
……なーんて思っているんですけど。どうなんでしょうね」 (最終話より)


 他の生き物から見れば、人間の恋愛なんて、どうせ不自然で不合理でムダな営み。
だったら、男と女はかならず対等な恋愛をしなければいけない、結婚しなければいけない、子供を作らなければいけない……そんな思い込みや呪縛から逃れて、もっと好き勝手に自由な恋愛をしてもいいんじゃないでしょうか。

 『不機嫌なジーン』は、そんなふうに思わせてくれる、なかなかにご機嫌なドラマなのです。

Text/Fukusuke Fukuda

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ライタープロフィール

福田フクスケ
フリーライター。“くすぶり男子”の視点から恋愛やジェンダー、セックスなどを考察。

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