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  • 2012.07.24

芸術家の恋愛模様を名画とともに楽しんで! 恋愛美術図録

2回の結婚、3人の女性、4人の子供…。それが天才画家・ピカソ(前編)

 パブロ・ピカソはジョルジュ・ブラックとともに、キュビスムを創始した芸術家。生涯におよそ13,500点の油絵と素描、100,000点の版画、34,000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作し、最も多作な美術家であると『ギネスブック』に記されています。
 エネルギッシュで探究心に満ちた作風とともに、恋愛に奔放であったことも知られているピカソ。彼の作品の原動力にあったのはピカソと恋を落ちた数々の女性だったのではともいわれています。正式な妻以外にも何人かの愛人をつくり、自由奔放に恋をしたピカソは生涯に2回結婚し、3人の女性との間に4人の子供を作っています。

美の女神との出逢い、そして画家としての成功

Pablo Picasso - Les Demoiselles d'Avignon (1907)  Cea
©Pablo Picasso - Les Demoiselles d'Avignon (1907) Cea" height="497

 ピカソがパリに出て最初に付き合ったのはフェルナンド・オリヴィエ。彼女は若きピカソの美の女神であり、この頃の作品では彼女をモデルにしたものが数多く残されています。
 彼女との出逢いは22歳のある夏の夕方。激しい夕立に降られ、アパートの軒下に飛び込んできたオリヴィエにピカソは自分が抱いていた子猫をヒョイと手渡し、茶目っ気たっぷりに部屋へと誘ったこときっかけだったとか。この出会いが彼の才能を大きく開花させます。
 それまでのピカソは絵が売れず、貧しい暮らしをしていました。のちに「青の時代」と呼ばれる時期です。フェルナンドはそんなピカソの暮らしを一変させます。彼女をモデルにして、「青の時代」から「バラの時代」へ。個展を開いたピカソの才能は、ついに世間に認められたのです。彼女はピカソにとって、まさに運命のモデル「美の女神」だったのです。

知人の画家の彼女との恋、そして死

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©1912 Guitare j'aime Eva jmussuto

 「青の時代」「ばら色の時代」をへて富と名声を得たピカソは、つぎにエヴァという名前で知られるマルセル・アンベールと付き合うように。エヴァはもともと知人の画家と同棲していましたが、二人は程なくして恋仲に。それを知ったフェルナンドは怒って若い画家と当てつけの駆け落ちをします。ところが、それを気にすることもなくピカソもエヴァと同棲を始めます。しかし、病弱だった彼女はその4年後、30歳という若さでこの世を後に。
 ピカソがエヴァをどのくらい愛していたかは、作品に表れています。彼女を讃えるために、「私はエヴァを愛す」(J' AIME EVA)、「私の素敵な人」(MA JOLIE)などの言葉を作品書き込むほど、ピカソはエヴァに夢中だったのです

バレリーナの妻と17歳の愛人

Pablo Picasso - Portrait of Olga in the Armchair  jmussuto
©Pablo Picasso - Portrait of Olga in the Armchair jmussuto

 最初の妻は、オルガ・コクローヴァというバレリーナ。セルゲイ・ディアギレフ率いるロシア・バレエ団の舞台美術を担当した(ジャン・コクトー作『パラード』)。そこでバレリーナで貴族出身のオルガと知り合い、1918年、37歳のときに結婚。彼女の世間的な地位がピカソをパリの上流階級の社交界に引き入れブルジョワ趣味を教えたことが、ピカソを芸術のみならず、社会と深く関わるきっかけに影響を与えました。
 これを機会にピカソは様々な分野の絵を描くようになり、更に結婚から3年目にして初の息子(パウロ)が生まれ、生活はまさに順風満帆。しかし始めは妻に調子を合わせていたピカソも4年目になると、しだいに生来のボヘミアン気質が頭をもたげ、衝突が絶えなくなりました。

 そんな頃に登場するのが最初の愛人である17歳のマリー・テレーズ。数年後には彼女を妊娠させ、1932年に娘(マイア)が生まれます。ピカソはオルガと離婚しようとしましたが、資産の半分を渡さねばならないことがわかり中止(ピカソとオルガの結婚は、1955年にオルガが亡くなるまで続いた)。この時期のことをピカソは、『人生最悪の時』と語っています。

二人の愛人を戦わせるピカソ

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©Pablo Picasso - Weeping Woman jmussuto

 ピカソはこの時期、オルガとの離婚に向け、話し合いの最中で在るにも関わらず、
2番目の愛人を作ります。それはカメラマンで画家のドラ・マール。彼女はピカソ芸術のよき理解者でもあり、『ゲルニカ』の製作過程を写真に記録しています。
 これは、その時期の有名なエピソード。ゲルニカを製作中のピカソのアトリエでマリードラの愛人二人が鉢合わせになり、  「どちらを取るの?」と問われたピカソは、「戦って決めればいい」と言い放ちます。ゲルニカという戦争の嘆きを描いている最中で、易々と「戦い」を口にするのは、如何なものかと思いますが、それはピカソ、単なる思いつきだったというのだから呆気にとられてしまいます。
 しかし、それ以上に呆れるのはこの愛人2人が、その言葉に乗せられ取っ組み合いを始めてしまうところ。ピカソはそれを楽しそうに眺めていたといいます。

 ピカソは生涯を恋に生きた男です。そして、その恋情は衰えることなく、晩年まで続きます。次回は7月31日にピカソの50歳からの恋愛をお送りします。ご期待ください。

Text/AM編集部

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