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  • 2013.07.19

【宮崎駿が泣いた理由】『風立ちぬ』は今までにない正真正銘の“恋愛映画”

 “夢を追いかけ、愛に生きる。”
こんなこと、今まで映画の中で描き尽くされているはず。なのに、今までに観たことがない。
一つの夢と二つの愛が向かい合うように、風の中で出会う二人。
男は空に夢を見て、女は彼を想い続ける。風がなければ飛べない紙ひこうきのように男女は支えあい、寄り添う。
男が目指した美しい飛行機は、やがて戦闘機になる。一人の夢が一組の男女と、多くの人の運命を変えていく。

風立ちぬ 宮崎駿 庵野秀明 瀧本美織 西島秀俊 西村雅彦 大竹しのぶ 野村萬斎 スティーブン・アルパート 東宝
©2013 二馬力・GNDHDDTK

 夢を追いかけ、愛に生きる? そんなこと出来っこない。
自分一人の夢を追うことで、愛すべき人への愛情は薄れてしまうのではないか?
その答えがすべて叩き込まれている。
老人による説教くさい反戦映画でも、今までジブリが多く描いてきたファンタジーでもない。
これは、紛れもない恋愛映画なのです。


 宮崎駿が5年ぶりに監督を手がけたスタジオジブリ最新作は、“零戦”設計者・堀越二郎と文学者・堀辰雄を織り交ぜた主人公の生き様を描く。
声の出演は、主人公の堀越二郎に『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの監督として知られる庵野秀明。その他、瀧本美織、西島秀俊、西村雅彦、大竹しのぶ、野村萬斎といった豪華な面々が、世界的巨匠の新作の登場人物に命を吹き込みます。

 宮崎監督は試写を観て、初めて自分の映画で泣いてしまったという。
監督と長年タッグを組んでいる鈴木敏夫プロデューサーは、「宮崎駿の遺言」と言い表す。
なぜ泣いたのか。どこが遺言なのか。その真意とは、一体何なのでしょうか? 


ストーリー

 少年・堀越二郎(声:庵野秀明)は夢を見ていた。自分の設計した美しい飛行機が空を飛ぶその夢は、やがて戦場で飛び交う戦闘機をつくるという現実になる。
東京に進学し、ドイツへの留学を経て、大人になった二郎は航空技術者として戦闘機“零戦”を設計することになった。
二郎は関東大震災、戦争といった激動の時代の最中、少女・菜穂子(声:瀧本美織)と出会い、恋に落ちる。
飛行機の夢に憧れ、菜穂子という一生をかけて愛すべき人を守り抜く二郎だが、二人には過酷な運命が待ち構えていた――。


二郎は男のロマンであり、すべての人にとっての理想?

風立ちぬ 宮崎駿 庵野秀明 瀧本美織 西島秀俊 西村雅彦 大竹しのぶ 野村萬斎 スティーブン・アルパート 東宝
©2013 二馬力・GNDHDDTK

 涙がなかなか涸れない。
見終わっても、出会いから映画の終わりまで、二人の姿が目に焼きついて離れない。
二郎と菜穂子の、“風”にちなんだ恋愛模様がとにかく美しいのです。
二人は風がきっかけで出会う。汽車の上で、風が堀越二郎の帽子を飛ばしたことで出会う。一度離れ離れになっても、再び風が菜穂子の描いている絵を飛ばして二人は再会する。
紙ひこうきで菜穂子のベランダと二郎のベランダとを繋ぐシーンは、映画史に残る名シーンと言っていい。
最初から最後まで、風が夢と愛を繋げている。
すべての描写が鮮烈に記憶に残り、タイトルを裏切ることなく風が立ちまくり、鳥肌すら立つのです。

 しかし、夢に一筋の男が女を一生かけて愛するなんてありえるのでしょうか?
夢に生きた堀越二郎と、愛に生きた堀辰雄。モデルとなった二人の人物を合体させることで、主人公・堀越二郎は男のロマンであり、理想の姿に思えてしまう。
とにかく完璧な人間。誰だって一生をかけて追い続ける夢を持ちたいし、一人の女性を愛し続けたい。
現実ではそうはいかなくても、この理想は映画だけに許される特権。
ある意味、宮崎駿監督にとっての “夢”に思えるのです。

 関東大震災で菜穂子を助け、自分だって苦しいはずなのに汗を人前で見せない二郎。
別れた後、顔からドバッと汗を出す。そして、人前では涙も見せない。
菜穂子が病を患っている、との電報を受けてから汽車で会いに向かう彼の目から大量の涙が流れるが、彼女の前では決して涙を見せない。

 このかっこよさ、男らしさ。これは女子の間で二郎ブームが起きてもおかしくない
メガネ男子の最高クラスに君臨する二郎のキャラクターは、現代に生きる私たちにはある意味ファンタジーなのかもしれない。男が皆、二郎のような人物を目指すとなればどれほど素晴らしいことだろう。
舞台である1920年代は大震災が起き、不景気と不況で社会不安に陥っている。これは現代とまったく同じ。
その中でも二郎というキャラクターが存在し得るのは、宮崎駿監督なりの現代人への喝であり、理想なのかも知れません。

二郎の “夢”の延長線上に、今の私たちがいる

風立ちぬ 宮崎駿 庵野秀明 瀧本美織 西島秀俊 西村雅彦 大竹しのぶ 野村萬斎 スティーブン・アルパート 東宝
©2013 二馬力・GNDHDDTK

 二郎が眠って見る夢の中には、ジャンニ・カプローニというキャラクターが出てくる。
世界的に有名な飛行機製作者である彼は二郎に助言し、挑発する。
現実では叶うはずのない夢が、夢の中で実現してしまう。
やがて二郎は夢を現実にした。
しかし、皮肉なことに夢の美しい飛行機は、現実では戦闘機になってしまった。

 奇しくも、“夢”には二つの意味がある。眠るときに見る夢と、将来に憧れて見る夢。
この映画で描かれる夢は、その二つが混在している。だからこそ、覚める夢はあっても醒める夢はない。
この二つの“夢”により、二郎の頑丈な意志がより際立たされているのです。

 二郎が最後に見る夢を、あなたはどう捉えるでしょう。
解釈は観る人の数だけ存在する。私たちが今生きている世界が、彼が見上げる空、そして夢の延長線上にあるように思うに違いない。
現代は歴史の上に成り立つ。だからこそ、夢のシーンは今の私たちに訴えかけてくる。それは警鐘でもあり激励でもある。

『生きねば。』というキャッチコピーを思い出さずにはいられない。
本作はかつてジブリが描いてきた世界観より、小さな印象を持つかもしれない。
だけど、一人の人間が持つ夢は限りなく巨大なスケールであることを、ちゃんと証明しているのです。
荒井由実の名曲『ひこうき雲』が流れる頃、映画館はすする鼻水と吐き出される嗚咽が音を添え、数々の風景の中で誰もが二郎と菜穂子の姿を思い浮かべるでしょう。

 戦時中だからといって戦争を描いているのではない。最後に残るのは恋愛。
時代や場所も関係なく、すべての人が生きる上で体験する普遍的な物語です。
荒井由実の『ひこうき雲』で歌われるのはこの物語そのもの。だけど、あえて描かれていないシーンが歌になっているようにも思える。
菜穂子の見た景色と、二郎の夢見た空。それが一つに合わさったとき、二郎の我慢していた涙が容赦なく大量に零れ落ちてくる。
このひこうき雲は過去と現代と、映画と現実を繋ぐ。
長いけど消えそうなほど細い、一筋の希望のような線に思えてしまうのです。


物を作ること、人を愛するということとは?

 ひこうき雲を見つけると、なぜだかちょっぴり嬉しい気分になる。それは、空高くまで人の足跡が残ったことへの喜びなのかもしれない。
夢から覚めるようにすぐ消えてしまおうが、二郎の憧れる夢のようにしぶとく何度もまた現れる。
限りなく広がる青空を分断する一筋の雲が、空への到達だけでなく、多くの夢と愛を描いてきた“映画”という文化の一つの到達点のように思える。

 宮崎駿監督という一人のクリエイターの夢と愛は、決して個人が抱くだけに留まらない。
今まで「みんなが見たい夢」に徹して作品を世に送り出してきた彼が、初めて「自分が見ている夢」を映画化した。
それは、夢に生きる二郎と姿が被る。


 物を作ることとは、人を愛することとは何か?
「戦闘機が大好きで、戦争が大嫌い」という、多くの少年がぶつかる矛盾の一つの回答を垣間見た。
数学のように答えは決まっていない。そこで教えられるのは、国語でも社会でも理科でもなく、何十年も矛盾と戦ってきた宮崎駿監督が作り上げた“映画”だった。
彼の夢と理想の中に、映画の凄まじさ、素晴らしさが全部詰まっているのです。

『風立ちぬ』が心に残すこのひこうき雲は、なかなか消えないでいる。
その雲の下に夢を追う人がいる限り、愛する人がいる限りは。


7月20日(土)より全国ロードショー

原作・脚本・監督:宮崎駿
キャスト(声):庵野秀明、瀧本美織、西島秀俊、西村雅彦、大竹しのぶ、野村萬斎、スティーブン・アルパート
配給:東宝
2013年/日本映画/126分
URL:映画『風立ちぬ』公式サイト


Text/たけうちんぐ


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たけうちんぐ
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