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  • 2013.06.21

彼女いない歴=年齢の童貞男(※星野源)が初めての恋で覚醒する!『箱入り息子の恋』

 デートの食事に吉野家は、確実に「なし」でしょう。
だけど、この二人の場合はどうか。高級料理店ではない。そこに美しい夜景もない。
平凡な食事と平凡な公園で肩を並べる平凡なサラリーマンと盲目の女性との恋愛が、どうしてこれほどまで美しいのか。

 なぜなら二人は許されない恋をしているから。
親によって引き裂かれ、吉野家で隔たれた向かい合いの席で、泣きながら牛丼を食らう現代のロミオとジュリエットなのだから。

箱入り息子の恋 市井昌秀 星野源 夏帆 平泉成 森山良子 大杉漣 黒木瞳 キノフィルムズ
©2013「箱入り息子の恋」製作委員会

 こちらのロミオは、真っ暗な部屋に閉じこもって格闘ゲームに熱中。友達はペットのカエルのみ。挙げ句の果てに、35歳でいまだ童貞。
「ああ、貴方はどうしてロミオなの」というよりは「てか、なんでお前がロミオなんだよ」って憤る感じです。
一方、ジュリエットは目が見えない。お金よりも地位よりも人柄を求める。この絵に描いたような天使は、過保護な父親のせいで本当の愛を知らない。
そんな軟禁状態の家から連れ出すのが、まさか35歳の童貞だなんて……。

 俳優だけでなく文筆家、歌手として幅広く活動する星野源と、『天然コケッコー』などでその瑞々しい魅力を世間に知らしめた夏帆の二人が、あらゆる障害を乗り越えて恋を育むカップルを熱演しています。
特に星野源のジメッとした表情と言動の演技は必見。星野源への百年の恋も醒めるほど陰鬱で内気で無愛想なサラリーマンが、恋によってその姿を変えていく過程は劇的です。
監督は、若手監督の中でも最も期待されている市井昌秀。
星野源演じる健太郎の両親に平泉成と森山良子、夏帆演じる奈穂子の両親に大杉蓮と黒木瞳といった豪華なキャスティングで、現実と衝突するからこそますますヒートアップする純愛模様が描かれています。

ストーリー

 市役所に勤める健太郎(星野源)は、内気で愛想がない。毎日、自宅と職場を往復するだけの日々で恋愛をすることもなく、彼女いない歴=年齢の更新を続けている。
そんな彼を見かねた両親は“代理見合い”を通じて、裕福な家庭の一人娘・奈穂子(夏帆)を紹介する。彼女の目がまったく見えないことを知らずに……。
健太郎は奈穂子と知り合い、はじめての恋をする。
奈穂子の父の反対を押し切って恋の感情を爆発させる健太郎だが、二人には思わぬ困難が待ち構えていた――。


目に見えるものがすべてではない?

箱入り息子の恋 市井昌秀 星野源 夏帆 平泉成 森山良子 大杉漣 黒木瞳 キノフィルムズ
©2013「箱入り息子の恋」製作委員会

 健太郎は恋愛映画の主人公にはふさわしくない。
満員電車で埋もれていく個性であり、職場ではいてもいなくても気づかないほど空気。多くの女性がスルーしてしまう男なのです。
そんな彼が恋愛映画で主人公になってしまうと、どうなるかというと…。

 それはもう、退屈な日々の連続。
自宅と職場の往復。仕事中はパソコンをカタカタカタカタ。家では死んだ目で格闘ゲームを続ける。画面には『YOU WIN!』と出るが何にも勝っていない。
それがまさか美しい奈穂子と出会って変貌するのだから、人間をここまで変える恋は、なかなか捨てたもんじゃないです。

 誰もが無視してきた健太郎の姿は、奈穂子の目にはどう映ったのか。
もちろん目が見えないから映ることはないけど、彼女の父が重んじる結婚相手の条件=名門大学出身・威勢がある・野心的からすべて外れている健太郎の優しさに触れ、奈穂子自身も本当の意味でのはじめての恋をする。

 デートをしても、その目には吉野家も平凡な公園も見えない。
見えないからこそ場所とは無関係に、健太郎と一緒にいることの居心地の良さを心で感じ取る描写が胸に迫るのです。
一方、目が見える健太郎は、美しい奈穂子に一目惚れするというその単純さがちょっぴり悲しいけど、恋愛映画の主人公になれないはずの彼が恋の感情を爆発させる姿には、心が動かないわけがないのです。

オタマジャクシの健太郎は、いつかカエルになるのだろうか

箱入り息子の恋 市井昌秀 星野源 夏帆 平泉成 森山良子 大杉漣 黒木瞳 キノフィルムズ
©2013「箱入り息子の恋」製作委員会

 “箱入り”はなんだか聞こえがいい。だけど、それは単に“過保護”なのです。
実は、この映画の登場人物は誰もが親離れ、子離れできていない。
昼時には自宅に帰り、母の作ったご飯を食べる健太郎。そんな彼を今まで良しとしてきた両親。
そして、盲目の一人娘を大切にしすぎて過剰な束縛をしてしまう奈穂子の父。

 親も子も、子どもの成長を止めてしまっている。ただ体裁を気にしてお見合いを薦めても、子は一向に変わらない。
そんな中、水槽の中からゲコッと鳴いているカエルが映し出される。
健太郎の唯一の友人であるカエルの姿が、まるですべてを悟ったかのような佇まいで劇中の随所に挿入される。

 人間は「成体」を持たない。大人になる瞬間、形を変えることがない。外見では成長を感じ取れず、自分がオタマジャクシであることにも、カエルであることにも自覚がない。
35歳で童貞の健太郎はオタマジャクシのままで、まるで行く宛のない精子のように彷徨い続ける。そこで奈穂子に出会い、ようやくカエルになる。
初めて事に及ぶ健太郎のヌメッとした全裸が彼の成長の証だろう。

 彼が決意を固めた時、カエルが水槽の壁にへばりついて抜け出そうとするカットが挿入される。
カエルが苦手な人なら「うっわぁ……」とドン引きするであろう粘液は、まさしく健太郎の発する汗と同じ。隠喩としてカエルが存在している。
健太郎の無様で必死にもがくその体液と、ゲコゲコッと響かせる湿気高い鳴き声により、彼の親離れ、心の成長が描かれるのです。

 カエルはこの梅雨時期、二人の関係に何度も雨を降らせてしまう。
だけど、やがて季節は巡り、いつかは夏の爽やかな青空を見せてくれます。
そして、雨はやがて海となり、二人は帆を張って結婚という航海に出るのでしょう。ほんと、“夏帆”とはよく言ったものです。


劇的な感情さえあれば、誰もがロミオとジュリエットになれる

 “箱入り”の箱を華麗に打ち破り、カエルのようにピョーンと飛躍する男女の姿は勇気以外の何者でもない。
映画の冒頭から、死んだ目をしている健太郎に多くの人が「うっわぁ……」とドン引きすることでしょう。
だけど、観終わった後はまるで印象が変わってしまう。

 満員電車で埋もれ、職場では空気で、恋愛映画の主人公になるはずのない人間にも恋をする権利がある。誰もがロミオとジュリエットになる可能性がある。
吉野家でも、平凡な公園でも、美しい景色に変わる。目に見えるものがすべてではない。劇的な感情さえあれば、どこでも恋愛映画の景色になることを教えてくれるのです。

 水槽の中の“箱入り”カエルは、無事に外の世界に抜け出したのでしょうか。
“箱”になんか入っていないで、とっとと“籍”入りしたいところですよね。

 


6月8日(土)より全国ロードショー

監督・脚本:市井昌秀
キャスト:星野源、夏帆/平泉成、森山良子、大杉漣/黒木瞳ほか
配給:キノフィルムズ
2013年/日本映画/117分
URL:映画『箱入り息子の恋』公式サイト


Text/たけうちんぐ

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たけうちんぐ
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