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  • 2015.07.03

冴えない独身男が街のヒーローに?マッドなマックスもいれば、靴職人のマックスもいる『靴職人と魔法のミシン』

靴修理屋を営む中年男が物置の旧式ミシンで靴を修理し、試し履きするとなんと顔が別人に!靴の持ち主の姿に変身する魔法を手に入れることで、彼女無し・貯金無しの中年男の退屈な人生が劇的に変わっていく——アダム・サンドラー主演のヒューマンコメディ

 鏡を見ると「この顔と一生付き合っていくのか」と物憂げになることがある。
一生付き合いたい顔なら全然いい。一刻も早く別れたい顔だと、この映画の“魔法”に想いを馳せる。一度でもいいからイケメンに変身して、美女になりすまして、意中のあの人を振り向かせてみたい。他人になりきることで、一回限りの人生を何回でも味わってみたい。

 独身男のマックスはその権利を手に入れた。それもなんと、他人の靴で。
人生を変えたい人の理想が詰まった物語は、最後に思いがけない展開が待ち構えているのです。

たけうちんぐ 映画 死ぬまでには観ておきたい映画のこと 靴職人と魔法のミシン
( c )2014 COBBLER NEVADA, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

 俳優としても活躍する『扉をたたく人』のトム・マッカーシー監督が、ニューヨークを舞台に孤独な中年男の人生をドラマチックに変える。
冴えない靴修理屋の独身男を演じるのは、泣かせるヒューマンドラマから下ネタ全開のコメディまで幅広く出演するアダム・サンドラー。一見、小規模な作品に思えるがダスティン・ホフマン、スティーブ・ブシェミと誰もが知っている名優たちが脇を固めている。

 さすが『カールじいさんと空飛ぶ家』でアカデミー賞脚本賞にノミネートされただけあります。本作でも脚本を手がけ、誠実で、時折ファンタジーであることを忘れるくらい人間味溢れるドラマに仕上がっています。

靴の修理で見つけた思わぬ人生の楽しみ

【簡単なあらすじ】
マンハッタンの片隅で小さな靴修理屋を営むマックス(アダム・サンドラー)は彼女無し、貯金無し。父親のアブラハム(ダスティン・ホフマン)は遠い昔に失踪し、年老いた母親と二人で質素に暮らしている。贅沢な生活を夢見ても全く手に届かず、毎日靴をせっせと修理していた。

 ところがある日、横暴な性格のギャングに靴修理を依頼されたのだが、いつも使っているミシンが壊れてしまい、物置に眠っている先祖旧式のミシンで修理することに。何とか修理したギャングの靴を試し履きし、鏡をふと見ると、なんとギャングの顔に大変身していたのだ。

 マックスは人生の楽しみをようやく見つけた。靴修理するたびに靴を履き、他人になりすまし、未知なる世界を体験していく。

 しかし、親孝行のために思い立った行動が、予期せぬ事態を引き起こしてしまう。やがて“魔法”の正体が暴かれ、マックスは衝撃の真実を目の当たりにするーー。

靴によって楽しくない人生が、楽しく輝きだす。

 靴を履くことで他人に変身するなんて、絶対楽しい。
マックスは、そんな「楽しい」という感情をどのぐらいぶりに味わったんだろうか。彼は、調子に乗って色んな人に変わる。ギャング、イケメン、金持ち、ゲイ、死人……とバラエティ溢れる様々な人生を味わっているときの表情は以前とはうって変わり、恐ろしいくらいに輝きだす。

 今までずっと恋人がいなくて、友人もいない。話し相手は隣の理髪店のジミー(演じるのがまたスティーブ・ブシェミという怪しさ)だけ。家に帰ると年老いた母親の世話をして、将来の心配がのし掛かってくる。だからこそ、多くの人と出会い、色んな場所を歩いていく喜びが切実に感じられるのです。

たけうちんぐ 映画 死ぬまでには観ておきたい映画のこと 靴職人と魔法のミシン
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 ストーリーが進むにつれ、やがてマックスが親のために働いた行動がギャングの世界へ誘い、他人になりきることでサスペンス映画に。今まで修理してきた靴を変身アイテムとして使い、個性的なキャラたちをまるでポケモンみたいに上手に扱い始めるシーンで、コメディ映画に。
マックスだけでなく映画自体も姿を変え、今までの地味な生活が嘘のように冒険に溢れた世界を映しだします。

 観る前の印象と全然違う。こぢんまりとした作品と思いきや、その正体は観ている人を絶対に飽きさせないジャンル多様なファンタジー映画だったのです。

他人の人生を生きることで、自分の人生の喜びを知る

“変身する”という突飛な設定なのに、なぜかシックリくるのは、マックスの人物描写の土台がしっかりしているからでしょう。

 仕事ができて人柄も悪くないのに、孤独な人生を送っている。人並みの欲望があっても、人がいいから望みを叶えられずにいる。だからといって聖人すぎず、近所に住む美男美女カップルを羨ましがり、その美男の靴を手に入れて美女に近づこうとするという、あくどい一面もある。

たけうちんぐ 映画 死ぬまでには観ておきたい映画のこと 靴職人と魔法のミシン
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 マックスはどこにでもいそうと思わせる、人物描写にあるからこそ、とんでもない境遇でも共感できる。そして何より、彼が彼なりの人生を歩こうとする展開が希望を与えてくれる。

人生は一度きりだからこそ、自分の人生を噛みしめていたい

 幾ら他人の人生で喜びを得ても、自分の幸せにはならない。
魔法はやがて母親への“プレゼント”に使われ、人助けのために利用される。欲望に従わず、周りの人たちを幸せにすることで、マックスは、初めて人生の喜びを噛み締めるのです。

 そして、ダスティン・ホフマンみたいな大俳優がなぜ父親役に起用させているのか。“魔法”の正体と謎がすべて解かれる衝撃的な結末が待ち構えています。

たけうちんぐ 映画 死ぬまでには観ておきたい映画のこと 靴職人と魔法のミシン
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 人生は一度きりだから他人の人生も味わってみたい。でも、逆に考えると一度きりだからこそ自分の人生を噛みしめていたい。

「他人なんか気にするな、自分の道を歩けばいいんだよ」
マックスの冒険を楽しむとともに、この映画の持つ温かいメッセージに触れてみてください。


TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中

監督・脚本:トーマス・マッカーシー
キャスト:アダム・サンドラー、ダスティン・ホフマン、スティーブ・ブシェミ、メソッド・マン、エレン・バーキン
配給:ロングライド
原題:The Cobbler/2014年/アメリカ映画/98分

(c)2014 COBBLER NEVADA, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

Text/たけうちんぐ

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たけうちんぐ
ライター/映像作家

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