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  • 2016.12.28

むかし、彼女とふたりで指輪を捨てにいった話/上田啓太

終わった恋の足跡を辿る、忘恋会2016。同居女性との日常を綴るブログも人気の上田啓太さんが、かつての恋人との別れを振り返ります。別れ話の最中に『指輪を捨てたい』といわれ、ペアリングを捨てに行く道中に思い出すのは、仲がよかったころのふたりの思い出でした。

 終わった恋の足跡を辿る、忘恋会2016。
今年の締めくくりにふさわしいとっておきの恋愛納めコラムを
厳選してお届けします。
一旦ケジメをつけて、来る2017年の新しい恋に備えましょう。
「忘恋会2016」ただいまより開幕です !


 こんにちは、上田啓太と申します。「過去の恋愛をテーマに何か書いてほしい」と依頼をうけました。なんという依頼をしてくるんだと、頭をかかえながら書きました。みなさんにも、頭をかかえながら読んでいただけると幸いです。それではどうぞ。


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 むかし、彼女とふたりで指輪を捨てにいったことがある。

 長く付き合っていたが、別れのときが来たのだ。別れる前に、いろいろと話し合った。そして向こうが最後に言ったのが、次の言葉だったのだ。

「この指輪を捨てに行きたい」

 買ってもらった指輪を捨てないと、気持ちに区切りが付かないから、処分したいということだった。われわれは二人で指輪を捨てに行くことになった。最後のデートで、指輪を捨てる。これは、けっこう悲惨なことかもしれない。
 
 われわれは、いつもと同じ場所で合流し、捨て場所をさがして、歩き出した。もちろん、手はつながない。肩と肩に距離もある。会話は、ぜんぜん弾まない。
 
 別れると决まった瞬間、会話の雰囲気はすこしかわる。そして気づかされるのは、付き合っていた頃の自分たちは、いかに他愛のない話で盛り上がれたのかということだ。

内容のない会話と恋愛の濃度

 これは本当に毎回思うんだが、付き合っているあいだは膨大な会話をするのに、別れて数年たったとき、何を話していたのか思い出そうとすると、さっぱり出てこない。

 学生のころは時間もあるから、夜中に平気で三時間ほど電話していた。となると、さすがに中身のある話をしないと成立しないのではと思うが、カップルという生き物は、会話を「ふふ、ふふふ、ふふふ……♡」みたいな言語だけで成立させてしまうところがある。「ふ」しか言ってない。

 まあ、さすがにこれは極端ではあるんだが、「好きな人といれば何をしても楽しい」というのはひとつの真実で、無内容な話でいくらでも時間が過ぎていくとき、恋愛の濃度が高いと言えるんだろう。

 付き合っている時は、彼女のかばんに茶色のカナブンがとまるだけで、盛り上がることができた。指輪を捨てるために歩きながら、私はそんなことを思い出していた。「カナブンとまってんじゃん」のひとことで、むこうがドカンとウケる。「うそ、なんでカナブン」の反応で、こっちもドカンとウケる。その後は、カナブン、カナブンと言っているだけで、時間がすぎる。
 
 まさに、無内容の極み。
 
 恋愛のピーク時において、笑いのハードルは極限まで下がる。そのとき、人はあらゆるものをイチャイチャのための道具にすることができるのであり、それは、茶色のカナブンという色気のない虫ですらそうなのだ。
 
 しかし、恋愛が終われば、カナブンはただのカナブンでしかない。なぜ、われわれはカナブン一匹にキャッキャしていたのか。あんなものは、単なる茶色の昆虫ではないのか。それがかばんにとまることの、何が面白いのか。そう思ってしまうのが、「気持ちが冷めた」ということなんだろう。

指輪を捨てる

 ということで、われわれは口数も少ないまま、指輪を捨てるための場所を探して、ふらふら歩いた。さすがに、そのへんに捨てて終わりとはいかない。ガムを捨てるのとは、わけがちがう。まさか、コンビニ前のゴミ箱に放り込むわけにもいかない(それに、家庭ごみの持ち込みは禁止されている)。

 指輪を捨てるという行為は、やはり大変で、なんらかのドラマ性がないと納得のいくかたちにならない。ものを捨てるというよりは、ものにまとわりついた感情を捨てるという感じだからなんだろう。

 結局、われわれは川に行った。曇り空だった。河川敷には私たち以外に誰もいない。そんな状況で、しばらく変な沈黙があったあと、彼女が「じゃあ捨てる」と宣言し、大きくふりかぶって、指輪を投げた。

 というか、「ブン投げる」とでも表現したくなるような、豪快な投げかただった。渾身のオーバースロー。それで「おおっ」と思ったのは事実。最後の最後で、自分の知らない姿を見せられた気分になったから。

 こんな投球フォームで、ものを投げる女だったのか。長く付き合ったつもりでも、知らないことはたくさんある。私は、この女の投球フォームすら知らなかった。しかし、オーバースローでよかった。深く身を沈めるような本格的なアンダースローで投げたりしていたら、別れという状況も忘れて、吹き出していたかもしれない。

 指輪は軌道を描いて、川に落ちた。ぽちゃんという音がした……とでも書きたくなるが、実際は何も聞こえなかった。ずいぶん遠くに落ちたから。それで彼女のほうは、スッキリしたようだった。

 しかし私のほうは付き添っただけで、ぜんぜんスッキリしていない。そのことに、いまさら気づいた。「それじゃあ」と言われて、ふたたび歩き出し、そのまま別れた。最後まで、あまり釈然としなかった。恋愛の最後が、女の遠投。なんという終わりかたなのか。
 
 指輪関係で、余談をひとつ。
 
 べつの彼女と別れたとき、なんの前ぶれもなしに、郵送で指輪が送られてきたことがある。もしかしたら、思い出としては、こっちのほうが悲惨かもしれない。茶色の封筒がモコッとしていた。郵送で終わる愛。ものすごく、即物的。
 
 届いた指輪をどうしたかは覚えていない。ひとりでブン投げたんだろうか。
 
 
Text/上田啓太

上田啓太
1984年生まれ、京都在住のライター。女性宅で居候生活を送っている。
ブログ 『真顔日記』
ツイッター:@ameni1952