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  • 2016.06.21

「悪いこと」をした気持ちになった/紛れもなく10代だったvol.2 さえりさん

好きな人といてもふしぎと嬉しさは半分で、なぜか混乱と後ろめたさを感じていた10代。そんな純粋だった「わたし」たちは、どこかに去ってしまったように感じても、ほんとうは今の「わたし」たちとつながった存在。さえりさんが紡ぐストーリーで、純粋だったあの頃の自分を思い出してみませんか?

紛れもなく10代だった さえりさん
©Osamu Kaneko

 じめじめしている、梅雨の夜のことだった。

 美和が部活を終え帰路についたとき、すでに時計の針は21時を指していた。練習でへとへとに疲れた足で門をくぐり、自転車通学の友人に別れを告げ、美和はひとり歩き始める。

 カエルの声がどこかから聴こえ、湿った空気はむんと蒸し暑い。夏はもう目前だった。

 自転車で今から45分かけて家にかえるという友人たちは、夜の田舎道を姦しく会話しながら勢いよく走っていき、まっすぐの道なりの中でやがて点になった。点が見えなくなった頃、美和の家への道は右へと続く。

 今日のトス、なんで上手にあげられなかったんだろ。あの場合の動き方がわからない……。それにしても、瑞穂は彼氏とうまくいってるんだろうか。この前手をつないでいるのを見かけたけれど、瑞穂は私に何も言ってくれない。

「あれ? 山本?」

 後ろから声をかけられ、振り返ると自転車に乗ったトモヤがぼんやりと街灯に照らされていた。シャツの袖はぐしゃぐしゃにまくられ、ボタンは二つ外してある。その姿で部活帰りだということは簡単にわかった。

 でも、どんなときもきちんと裾をズボンに入れている、その腰周りのシャツのたるみがかっこいい、と美和は思う。

「え、部活?」
わかっているのに、聞いてみる。
「うん、そう」
「遅いね」
「そっちこそ」

 トモヤと付き合い始めてから、1ヶ月が経とうとしていた。そのことは親友の瑞穂以外、誰にも言っていない。逆に言えば、瑞穂にはなんでも話した。

 静かにメールで好意を伝えあったこと、そこから一ヶ月、一緒に帰ったのは2度しかないこと。いつも美和が友達といるか、トモヤが友達といるか、または通学路に誰かがいるかのなんらかの障害のせいで、一緒に帰れないこと。
 
 街灯がひとつ、ふたつ、みっつ。ぽつぽつと灯る住宅地で、トモヤは後ろを確認したのち自転車から降り、美和と歩きはじめた。

 カツカツカツ
コツン、コツン

 歩幅が違う。歩くリズムが違う。

「あの「そういえばさ」」
「あっ、先にどうぞ」
「あ、いや、春日こそ」

 会話のリズムさえ整わない。むんとした空気が肺に送り込まれ、海の中に沈んでいくように苦しい。

 あぁ、ハイソックス右だけずり落ちている気がする。スカートが後ろだけ長くなっている気がする。弾まない会話の隙間を埋めるように、次々に心配事が沸き起こる。

「山田先生さ、山口出身なんだって」
「ふうん……。あ、山口ってどこだっけ。あたし地理弱くて(笑)。山口となぜか徳島、いつも場所がわかんなくなるんだよね。あと福井」
「あーわかるかも」
「…だよね」
「…うん」
あぁ、わたし何言ってんだろ……。普段瑞穂と話すときはこんなんじゃないのに。

 沈黙ののち、トモヤは思い出したように会話をする。「おれも、徳島いつも間違えるなあ」

 二人の会話の隙間を埋めるように、カエルの声が強くなる。遠くでけたたましい電車の車輪が鳴ると同時に、後ろから車のヘッドライトが走り、トモヤは美和の隣に—しかも車道側にさりげなくー自転車を移動させる。

 道は狭く、車は二人の前でゆっくりと走った。じゃりとタイヤと地面がこすれる音がなり、トモヤの体をスキャンするようにライトが走る。心までスキャンしてくれたらいいのに。

 車が通り過ぎ、静寂が戻ると気まずさが辺りに蔓延した。トモヤは一歩も動かなかった。美和もまた、一歩も動かずに、ただし視線だけはトモヤと逆のほうを向いていた。

 そのときだった。

 あたたかな手が、美和の手にあたる。
硬直する美和。大きな手が、美和の手を不器用に掴む。

「ぁ」

 小さな声が、喉の奥から漏れる。

 トモヤは「帰ろ」と声をかけ、自転車を片手で押しながら歩きはじめる。美和と同じ歩幅で。

「いやだったら言って」
「あ……いやじゃない。いやじゃないけど、でも」

 美和はそう告げて手をほどき、下唇を噛む。なぜか涙腺が緩み、涙を止めるために息を吐く。

「いやじゃ、ない」

 手を握ると、トモヤは泣きそうな顔をしていた。美和もまた、複雑な顔をしていた。二人は手をつなぎ、また歩き始める。ふたりの手のひらはあたたかく、ほんのりと汗をかいていた。そこにはまるで梅雨が閉じ込められたようで、ほんのわずかに夏の予感がした。

手をつなぐ幸福を「悪いことしてる」と感じた

========

 あのころ、なにもかもが新鮮だった。

 実際はじめて彼と手をつないだ日は、嬉しさは半分程度で、残りの半分は混乱と後ろめたさだったのを覚えている。少しだけ“悪いことをした”気持ちになったのだ。
友人に見られたくないという気持ち、友人に言えない罪悪感、手をつないだことへの単純な驚き、家族としかつないだことのなかった手を握られていることへの居心地の悪さが混ざっていたのだと思う。

 好きなひとの一挙一動がこちらを動揺させ、そしてその動揺を隠すのにもかなりのエネルギーを使った。どこか「手をつないだくらいで」と思いたい自分も居て、なんでもないことのように装いたくて、うまくいかなくて、恥ずかしかった。

 でも今となれば、それすらすべて愛しい。あんなに目の前の相手に、心のすべてを持っていかれるなんて。

 もちろん、わたしたちは年を重ねたのだから、いつまでもそんな風ではいられない。でも簡単に「好き」と言えたり、簡単に手を繋げたり、簡単に抱きしめることができすぎるとき、ほんのわずかに寂しさを覚える。好きなひとと手を繋げた幸福を“悪いことをしている”とさえ感じたあの純粋なわたしはどこへ?

 でも、あの日湯船で何度もデートを回想し頭をブンブン振って恥ずかしさを吹き飛ばそうとしたわたしが、時を経てここにいる。だからたまに思い出してみる。自分がまだ10代だった頃のことを。

Text/さえりさん

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ライタープロフィール

さえりさん
ライター。何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。

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