40歳になった東カレ・綾はなぜあんなにも不幸面していたのか(1)/紫原明子

 東京カレンダー内の連載で、大ヒットした東京に住む女性たちをエリアごとに分析した「東京女子図鑑」の綾。次々と住む場所を変えていく綾を、あなたはどう読みましたか?
今回は紫原明子さんに、綾をひも解いていただきました!

完全にイロモノとして始まった東京女子図鑑

柴原朋子 東京女子図鑑 綾 AM Mitya Ku

 三軒茶屋を「さんちゃ」って呼ぶだけで顔が笑っちゃう、って、言っちゃう、秋田出身の田舎娘の告白。自分のことを「平均的な女」だと自覚している、東京に出てきたことが嬉しくてしょうがないアパレル勤務の23歳。こういう子が実在したらいいなっていう、おじさんの妄想の物語が、今日もまた始まったのだと私たちは思った。

 よくあるインターネットの伝統芸か、と。実際、記事中にはほぼ毎回、様々な形で時代を感じさせる懐かしいキーワードが盛り込まれた。「私がおばさんになっても」「テクマクマヤコンテクマクマヤコン」「愛しさと切なさと心強さと」ネット上のコンテンツに散見されるこういうのを、私は総じて「おじさんフック」(以下、OF)と呼んでいる。
あざとさが透けて見えるほどOF(…略すほどのこともないけれども)だらけの東京女子図鑑。女子は蚊帳の外で繰り広げられる女子の物語、と思って読み進めていたはずが、いつの頃からだっただろうか。気がつくと、綾の一挙一動から、目が離せなくなっていた。

驚くほど物差しを持っていない綾
しかし彼女は可能性に満ちていた

 合コンの相手に含み笑いされただけで引っ越し。新しい勤務先の上司に苦笑いされただけで引っ越し。
対峙する相手の社会的地位が自分より高いと判断すれば、それだけで相手の価値観を妄信し、ただ笑われないために、住まいを、生活を、やすやすと変える、驚くほど自分の物差しを持っていない綾。そんな綾をおバカさんと笑うのは容易い。
確かにおバカさんだが、一方で綾は、決して慢心しないあくなき向上心と、空気のように軽々としたフットワークの持ち主なのである。

 早くに強いこだわりを持ったり、マイワールドを強固に築き上げて動きが悪くなる人が数多くいる中で、これは素晴らしいことだ。事実、そんな行動力が実を結び、綾の年収はうなぎのぼりである。自分の物差しを持っていない人の通過儀礼として、足長おじさんとの不適切な関係もお約束のように経てはいるが、結婚の価値が周囲で高まれば潔く関係を切って婚活サイトに登録する。とことん素直で、猪突猛進。これはもう典型的な愛されキャラだ。

 途中、ちょっとわかった気になって語り出すのだって成長に必要な背伸びである。イタい人間を指差して「イタいよね」って笑う人間より、自らイタい人間の方がはるかに可能性に満ちている。価値基準となる相手をコロコロ変えるってことはその都度、誰かを見限っているわけで、薄情だと揶揄されてしかるべき行為。実在していたとすれば綾は間違いなく「イタいよね」って陰口叩かれていた人間だっただろう。
自覚だってあったかもしれない。それでも、ただ貪欲に、ゴールのない高みを目指し邁進する綾を、私は愛情をもって見守っていたのだ。