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  • 2016.08.09

憎しみは変革の糧に!自分を惨めにしないための方法

日本だけでなく世界中で、毎日悲しい犯罪が起こっています。そうした事件のきっかけとなっているのは、私たち全員の内にある憎悪・嫌悪のエネルギー。この大きな力を、自分を惨めにせずに上手に使うにはどうすればいいのでしょうか。

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©chefranden

 このところ、世界では悲しい事件が続いています。
ヨーロッパやアメリカ、中東で頻繁に繰り返されるISのテロ。
日本でも自分の弱さを世界や周囲のせいだと転化して起こる、暴力的で悲しい事件が多発しています。

 そういった事件を目にする度に、暴力に対する嫌悪や悲しみも当然あるのですが、どうしてそのエネルギーを自己の変革や他のことに使えなかったのか、というやりきれない気持ちになるのです。

 犯罪のモチベーションとなる憎悪・嫌悪というのは大きなエネルギーで、これは私の中にも普通にあります。

 私も若い頃悪い条件で働かされたことがあり、雇用主を「死ね」くらいに思っていましたが、それを表現したことはありません。
 
 付き合っていた恋人を友人に取られたことがあり、「死ね」って思いましたが、それを表現したことはありません。
 
 そんなことをしたら、自分が惨めになるからです。
 
 気取ってやがる、ええかっこしいだという意見があるのはわかります。
でも憎ったらしかったり、死んで欲しい人のために自分の価値を落とすのは、私にとって、もっと辛いことです。

 憎しみで人を殺して、自分の価値が上がりますか?
何かを破壊して自分の価値が上がりますか?

 結局は自分が一番かわいいからでしょうと言われたら確かにそうです。でも逆に質問します。
自分を大切に出来ない人間に、他人を大切にすることができますか?

軽蔑というプロセス

 かといって、私もすぐに相手を許すという境地に至るほど、人間としてのステージは高くありません。
憎たらしい相手をいきなり許して忘れるというのが人間として最もステージが高くて器量の大きいことだとわかりますが、私は神様ではありませんし、目指してもいません。

 苦しんだ私が辿りついた方法は、相手を徹底的に軽蔑するということです。
 
 そして力をつけていつかこの目の前の相手にビクともしない人間になっていようと、その相手を自分の変革の糧にすることにしました。
 
 頬を殴られた相手を愛せよなんてとても思えませんが、軽蔑して、いつか頭を下げさせるくらい強く優しい人間になるということはできるはずです。
実際に私はそうして生きてきました。

 憎しみを憎しみのまま表現するとそれにパワーを使われて、成長の糧になりません。
憎しみを表現した際にほんの一瞬、カタルシスと万能感を手にすることができるかもしれませんが、全くあなたの価値を上げませんし、周囲から見るとそのカタルシスは恐怖以外の何物でもありません。
(神奈川の障害者施設の犯人が、事件直後に笑顔の自撮りをSNSに上げたのはその最たる例です)

優しさと賢さを身につけよう 

 成長の糧にした結果がこの女装かよと言われたら、はいそうですとしか言えませんが、私は若い頃より今の方がずっと優しく、ずっと賢くなっています。

 人に対する憎しみや社会への不満を表現するより、自分が優しく賢くなる方がずっと楽しい人生が待っているのです。
憎しみを憎しみで表現する人達は楽しい人生を生きているのでしょうか?

 ただ、この方法は軽蔑するという一般的には奨励されていないプロセスを経るので、あまり人に勧められることではありませんが、私はそうやって憎しみを自分の成長の糧に変えてきました。



Text/肉乃小路ニクヨ

ライタープロフィール

肉乃小路ニクヨ
東京の片隅でひっそり生き続けるちょっぴりしょっぱくてサワーなニューレディー。オーバー40歳、崖っぷち女装

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