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  • 2016.07.26

自由にのびのびと人生を謳歌するために必要な覚悟

LGBTの人々は迫害されているだけかといえば、けしてそうではありません。彼ら・彼女らはまた、すばらしい生き方を楽しんでいます。ただし、性的少数者である・マイノリティーであることだけが理由ではないにしろ、そこにはのびのびした人生をうらやむ他者からの視線があることもまた事実なのです。

自由を謳歌する覚悟

肉乃小路ニクヨ 恋愛 ニューレディー おネエ 淑女 自由
©mithsonian Institution

 私は新宿で一人暮らしをしていて、 好きな時に女装をして、 ふらふらっと出かけることができます。

 東京で伸び伸び暮らしやがって、好き放題できてイイね。 なんて言われることもありますが、それなりに代償も払っています。

 まず、私はとてもよく働きますし、情報収集や交流で外に出ますし、健康維持でスポーツクラブにも行くので、睡眠時間は4~5時間くらいです。
体調を壊すのが怖いから、結構な量のサプリメントも飲んでいます。

 まる1日のお休みが2週間くらいないこともよくあります。 そういった上で自由に女装をすることができるのです。 水面下はバタバタしていますが、事実好き放題やっているので、人生を謳歌しているかと聞かれれば、多分謳歌しているという部類に入るのでしょう。

 でも謳歌する際に考慮していることがあります。 それは自分の自由を他人に強要しないことです。 世の中には自由を謳歌できない境遇の人もいます。 そして、私の自由は自由をがなかなか手に入らない人のフラストレーションを高めていることが往々にあるのです。

質問という名の叱責

 たまに地方へ仕事に向かうと、

 そんなに伸び伸びやってるけど、 親はどうなの?
 慶應まで行った子供がこんなに女装をしていて泣いてるんじゃないの?

なんて質問をされます。

 私はにっこりそうですね。とやり過ごしますが、ああまた私に対する叱責だ、と思っています。
家族のために自分のやりたいことを我慢してきた人達から、自分勝手な私への叱責です。
その度に私の存在はそういう人達のフラストレーションを高めているのだと自覚します。

 けどこっちももう20年もずっとそのことを考え続けていて、それに対する理論武装はできています。

 この人は自分ができなかったフラストレーションを私にぶつけている。彼らもそうしたかったけど、できなかったからだ。
自分は自分の生き易い環境で、自分の力を発揮することが生を与えてくれた神様への恩返しだと思っている。
そのことに向き合っているだけだ。
ということです。

 それを言うと正しさと正しさの戦いになってしまうので、黙ってやり過ごします。

華麗にスルーする方法

 同じように、お金を自由に使うことは、お金に困っている人たちからの嫉みを買うことになりますし、表現の自由を謳歌することは、表現の制限で安定を保つ人からの恨みを買うことになります。
特定の信仰を持たない、または非常にゆるい信仰で自由を謳歌することが、信仰に身を捧げ、規律によって己を保とうとしている人の恨みを買うことになるということも自覚しなければなりません。

 みんな本当は他人が気になって、みんな自分が不安で、抑制することで平穏を保とうとしているのに それを乱す人間がいたら、どうでしょう?

 私は出る杭になる人生を選んだ以上
抑制してその欲望を閉じ込めている人に非難されること、恨まれることは覚悟しました。

 非難や嫌がらせなどには臆さないようになりましたが、足を引っ張られるのはロスがあると思っています。 そうして私はそういう方々に足を引っ張られないために、エレガンスと愛嬌と笑顔の沈黙を覚えました。

 たまに笑顔がおっかないと言われるのは、そういう人達と笑顔で闘っているからかもしれません。
笑顔の不服従。喧嘩はおっかない顔をしてするものとは限らないのです。
ほほほ。


Text/肉乃小路ニクヨ

ライタープロフィール

肉乃小路ニクヨ
東京の片隅でひっそり生き続けるちょっぴりしょっぱくてサワーなニューレディー。オーバー40歳、崖っぷち女装

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