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  • 2016.07.30

「人前で脱いで縛られる選択」をしたことで人生が変わった

人生には「ターニングポイント」と言うものが存在しますが、みなさんはその時に『選択』をしっかりと行えていますか?また、その選択に後悔したことはありませんか?今回は大泉さんの人生を変えたターニングポイントとそのときに下した選択から『後悔ばかりの人生を送らないために必要なもの』を考えてみます。

「人前で脱いで縛られる」ことで人生が変わった

大泉りか 人妻は不倫の夢を見るか?
©TottoBG

 進学、就職、転職、引っ越し、留学、結婚、出産、離婚、病気、怪我、そして人との出会い……

 人生には、いくつものターニングポイントが存在します。そして、そのターニングポイントが幸運であれ、試練であれ、「人生を変える何か」と対峙した時に、『確固たる意志を持って』もしくは『考えることなく、状況に流されて』選ぶことになった選択が、その後の人生を、大きく左右することになります。

「わたしの人生のターニングポイントはなんだったか」と問われれば、かつて渋谷にあった『ナノハナ』というバーと出会ったことでしょう。

 まだ、マークシティが出来る前、京王井之頭線の駅のガード下は、ごみごみとした小さな飲食店が軒を連ねていてました。その近くの渋谷OSというストリップ劇場のあった辺り、渋谷中央街の坂を上ったところに、その『ナノハナ』というバーはありました。

『ナノハナ』に初めて足を踏み入れたのは、21歳の頃だったと思います。ふたつ前のコラムに書いた、クラブで知り合った“SMの縛師”の人からの「イベントがあるから、遊びに来たら?」という誘いを真に受け、足を運んだのが初めてのきっかけです。

 それまでは、酒を飲むとすれば、友人と連れ立って居酒屋やカフェやクラブに行くのが主で、バーというものにはまったく馴染みはありませんでした。ひとりで飲みに行くのも、そもそもその日が初めて。なので、店の前まで来たものの、その店のドアを開けるのは、死ぬほど躊躇しました。が、その躊躇を振り切りほどに、わたしはその店の中で行われていることに興味があった。なので、勇気を振り絞りドアを開けることを『選択』したのです。

 店の中は20平米あるかないか、20人も入れば立席でも満員の狭い店でした。入ってからも、周囲から浮いていておかしくないかばかりが気になっていましたが、それでも、お酒の酔いも手伝い、少しずつ緊張も解けてきた頃、縄師の男性に、「今日はSMのイベントなんだけど、縛られたら3500円のチャージがフリーになるよ」と誘われました。「いや、無理です」と一度は反射的に断りました。が、しばらくして思い直して、『選択』したのは、「さっきの、やっぱりお願いしていいですか」と頼むことでした。刷り込まれた「女たるもの清純であれ」という息苦しい規範や、世間の常識。そうした、今までの自分を縛ってきたものよりも、下半身の衝動が先立ったのです。

 そして、わたしは縛られ、それどころか裸にさえなりました。

 しかし、翌朝、目が覚めてシラフに戻った後も、後悔はありませんでした。「人前で脱いで縛られた」という恥ずかしさよりも、「憧れていた世界を垣間見た」という興奮が大きかったからでした。そして、わたしは、その店へと、度々通い始めるようになったのです。

 その店の店長は、SMの女王様をしている女性でした。ご存知の方もいるかと思いますが、月花さんという方で、今でもフェティッシュなパーティーを主催したり、SMビデオをプロデュースしたりと、第一線でバリバリと活躍されています。

人前で裸を晒す自由

 その月花さんの経営しているバー『ナノハナ』は、定期的に(わたしが脱ぐことになった)SMのイベントが開かれたりしていて、ふつうのバーに比べると、ずいぶんとフェティッシュな色合いは濃かったけれど、しかし、SMバーというわけでもなく、気楽にカジュアルに飲める店でした。最初の一杯だけチャージ込みで千円。二杯目からは五百円から飲める安心価格で、客層は、風俗で働いている女のコやストリッパー、アダルトグッズショップの店員や、AVを撮っているという男性、エロ本の編集者などの、いわば“ギョーカイの人たち”と、月花さんを慕ってやってくるSM趣味を持った男性が多かったと思います。

 ハプニングバーのような、非日常なエッチを楽しむ雰囲気ではなく、むしろ“シモのこと”はそこに集まる人々の日常で、ゆえに、当然のことのように「あのオジイサンはうんこ食い」だとか「アナルにワインのコルクが入って出ないどうしよう」とか、そういう会話がされているこのバーは、二十歳そこそこの女子大生には刺激的かつ、その雰囲気はとても好ましかった。というのも、わたしには、当時から、妙にかっこつけというかサブカルくさい嗜好のところがありまして、「おしゃれに性を楽しむ」というのが、気恥ずかしくて仕方がありませんでした。なので、ラグジュアリーとかスノッブとかを排除した、酔っ払いだらけのこのバーが、ものすごく、しっくり来たのです。

『ナノハナ』に頻繁に出入りをするようになると同時に、わたしは時折、イベントに誘ってくれた縛師の方のSMショーの相方――M女――として、ステージに立つようになりました。回数を重ねていくうちに、最初は「最近よく来る女のコ」だった周囲の認識が、やがて「M女やってるコ」として認知されるようになっていったのですが、それはイコールで「脱げる女のコ」だと認められることでもありました。

 事務所には所属しておらず、気軽に声を掛けられて、安いギャラで脱げる女のコというのは、重宝されるのか、そのうち、SMショーのM女だけではなく、いろんな場所に呼ばれるようになりました。脚フェチビデオのモデルやボディペインディングのキャンパス、キャットファイトにスナックでの野球拳要員。少し前まで、ただの女子大生だったはずが、気が付けば、東京のド真ん中、多くの人の前で素っ裸を晒している。それは、とても自由なことに思えました。

 そこに、表現欲や自己顕示欲、特権意識が少しもなかったとは言えません。けれども、そこにいるのは、そういう女のコたちばかりでした。だから、わたしだけが特別だと思っていられるわけでもなかった。そういうことを含めても、そこにいたかったのは、わたしが生まれて初めて知った「性に自由」な場所だったからです。

『選択』すると「性」が変わる

 それまで性というものは、プライベートなものだと思っていました。恋愛であったり、金銭であったり、と、何かしらの特別な関係がないと共有できないものだと思っていたのです。けれど、それは勝手な思い込みでした。「自らの性」のすべてを、自分が所有しているという実感――性は、特別な相手とひそやかに分け合うものだけではない。「男性に抱かれること(=セックス)」「男性に抱かれる代わりに、自分で慰めること(=オナニー)」以外でも、楽しみ、感じ、実現することが出来る――ターニングポイントで選択したこの「脱ぐ」という結果が、この後のわたしの人生にずっと関わってくることまでは、その頃のわたしはまだ知りませんでしたが。

 臆病で変化を嫌う人は、おそらくターニングポイントは少なく、挑戦的で状況に満足しない人ほど、ターニングポイントは多くなるでしょう。

 しかし、自分からはターニングポイントを求めていない前者であっても、勝手に、絶え間なく(克服を迫られる)ターニングポイントがやってくる場合もあるのが、人生の皮肉です。しかし、どうであれ、ターニングポイントが訪れた時には、自分の意志を持って『選択』することが大切だと思います。

 なぜならば、後悔ばかりの人生を送らないために必要なのは、『選択』する勇気で、自分で選んでさえいれば、例え、世間にどんなにその選択を謗られても、言い訳をすることなく、堂々と胸を張っていられるからです。人の目を気にして流され続けたあげく、後悔ばかりの人生ほどつらいことはない。それを避けるためには、自分の頭で考えた『選択』を続けるしかないのです。

Text/大泉りか

次回は《「前向き」「仕事も女も諦めない」を押し付けてくる女友達》です。

ライタープロフィール

大泉りか
キャバ嬢、SMショーのM女、ボディペインティングのモデルなどの経歴を経て、現在は官能小説家、ライトノベル作家。

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