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  • 2014.11.22

好きな女の子の恋を応援しちゃう!女装男子の切ない恋の行方『海月姫』

少女マンガにおける“理想の王子様像”を分析する、トミヤマユキコさんの連載。今回は映画化で話題の『海月姫』について考えます。


 少女マンガに登場するステキな王子様に胸をときめかせていたあの頃——いつか自分も恋をしたい。
そんな風に思いながら、イイ男とは何か、どんなモテテクが効果的なのか、少女マンガを使ってお勉強していたという人も少なくないハズ。

 時は流れ大人になっても、少女マンガによって植え付けられた恋愛観や理想の王子様像は、そう簡単に劣化するものではありません。
むしろ王子様の亡霊に取り憑かれて、リアルな恋愛がしょぼく思える人もいたり?
この連載では、新旧さまざまなマンガを読みながら、少女マンガにおける王子様像について考えていきます。

第5回 美しすぎる王子様『海月姫』

トミヤマユキコ 推せる!マンガの王子さま 海月姫
AMELIA SPEED


 東村アキコ『海月姫』が映画化&12月に公開予定ということで原作を再読しているのですが……あのう、女装男子の「蔵子」がカッコよく見えるこの現象は一体何なのでしょうか。
かわいい、ではなく、カッコいいのです。惚れ惚れします。

『海月姫』のあらすじをごく簡単にご説明しますと、オタク女子たちが仲良く平和に暮らす「天水館」があるとき地域の再開発計画によって取り壊しの危機に見舞われてしまうのですが、自分たちのファッションブランドを立ち上げ、そのお金で何とかしようじゃないか……! と思い立つというもの。
オタクネタあり、ファッションネタあり、ギャグあり、ラブあり。とても賑やかな物語です。

オシャレで超絶美人な女装男子、蔵子

トミヤマユキコ 推せる!マンガの王子さま 海月姫
『海月姫』/東村 アキコ/講談社


 ファッションの知識など1ミリも持っていないオタク女子たちがファッションブランドを立ち上げるなんて無謀もいいところなのですが、彼女たちには心強い指南役がいます。
それが女装男子の蔵子です。

 蔵子の正体は、政治家の父親に持つスーパーお坊ちゃま大学生「鯉渕蔵之介」。
韓流スターを思わせるイケメンでありながら、女装して蔵子になると超絶美人。
父親の跡を継いで政治家になる気はなく、そこら辺のことはクソ真面目な中年童貞のお兄ちゃんに押し付けてしまって、自分はファッションやメイクで女の子を(そして自分自身を)美しく変身させることに無上の喜びを感じています。

 蔵子の女装は、オシャレ好きな女子でもなかなか太刀打ちできないのでは? と思わせるほどセンスが良い! 女の子に憧れる男が「うーん、こんなもんかな?」というあやふやなイメージで着飾っている女装とはレベルが違います。
本当は男だとか、そういうことがどうでも良くなるくらい、完璧に似合っているのです。

強さと美しさ、男らしさと女らしさが究極の形で融合している!


 蔵子がハイセンスぶりを発揮する一方で、本作に登場する女子たちはオタクでニートで腐女子という設定なので、言うまでもなくオシャレ偏差値は低い、というよりほぼゼロです。
彼女たちは、オシャレに金を遣っているヒマがあるなら、それを趣味につぎ込みたいと考えています。
彼氏なんか要らない。モテなくたって構わない。
ちなみに、天水館の入居資格はただひとつ、「男を必要としない人生」を引き受けられるかどうかです。趣味と共に生きて死ぬ。オシャレとは無縁の世界です。

 そう書いてしまうと、蔵子とオタク女子たちは全く別の人種みたいに思えるかも知れませんが、男であることなんか軽く飛び越えて美しく着飾る蔵子と、女であることなんか軽く無視して趣味の世界に没頭するオタク女子たちは、実は結構似ているのではないでしょうか。

 たとえそれが女装だろうと、本気で夢中になれるものがある男子は基本的にカッコいいワケですが、蔵子がとりわけカッコよく思えるのは、女装した時の美しさが「強さ」と結びついているから。
女装したとたん「ふにゃん…」となってしまう蔵子ではないのです。
むしろ、着飾るほどにカッコよくなってゆく。

 本作の主人公である「月海」は、蔵子のことを「強くて美しい男のお姫様」と表現しますが、蔵子の毅然とした態度は、誰かにかわいいと言われたいとか、認められたいとか、そういう平凡な承認欲求とは別の次元にあります。
強さと美しさ、男らしさと女らしさが究極的な形で融合しているのです。

魔法使いを演じてしまう、蔵子の恋の行方が気になって仕方ない


 そんな蔵子が、クラゲオタクの月海を女として意識していると知ったとき、わたしはなにかもの凄い興奮が突き上げてくるのを感じずにはいられませんでした。
女装男子がオタク女子に恋するのが倒錯的だからではありません(それも多少はありますが)。

 異性装によって男/女のボーダーを行き来している蔵子が、どんな風に月海と向き合えばいいのか分からなくて揺れているのが最高に健気に思える……着飾るほどに強く美しくカッコよくなっていく蔵子の胸のうちが、最高にピュアでかわいくて揺れている。
このギャップにやられてしまったのです。

 オレはこのまま月海の側にいていいのかな/男として それとも女として?/どうしたら一緒にいれる?

 蔵子の幸せを祈りたいのは山々ですが、月海は蔵子の兄「修一」と結婚を前提に交際するようになります。
皮肉なことですが、蔵子のファッションやメイクの凄テクによって月海がきれいになり、修一がひと目ぼれしてしまうのです。

 蔵子はそんな自分の存在を童話の魔法使いにたとえます。
自分の魔法で、地味な女の子が美しいお姫様になって王子様に見初められることはあっても、お姫様が自分を変えてくれた魔法使いを愛するなんて話はない。
そのことに気づいてしまった蔵子は、魔法使いとして、お姫様の恋を見届けることにするのです。

 不器用で誠実な中年童貞、修一も悪い奴ではない。
むしろ、スーツ萌え、メガネ萌えなどのツボを突いてくる、イイ感じの王子様です。
しかしながら、不器用ながらも好きな人に好きだとまっすぐに伝えられる修一よりも、この複雑な事情を抱えた女装男子の恋の行方が気になって仕方ない。

 魔法使いなどという損な役目を引き受けて、お姫様の幸せを祈り、本当の気持ちを胸にしまって、誰よりも美しく気高く着飾っている蔵子は、とても美しくて、すこし哀しい王子様なのです。

Text/トミヤマユキコ

次回は <祝ドラマ化!『逃げるは恥だが役に立つ』に見る心を閉じた男と武将のように策士な女>です。
少女マンガにおける“理想の王子様像”を分析する、トミヤマユキコさんの連載。今回はTBS火曜10時放送中で話題の『逃げるは恥だが役に立つ』について考えます。エンディングで新垣結衣と星野源が踊る「恋ダンス」が可愛いと、すでに秋ドラマで高視聴率を出している本作ですが、その原作(海野つなみ著)もきっちり読み込んでいきましょう。

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ライタープロフィール

トミヤマユキコ
ライター・研究者。早稲田大学非常勤講師。

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