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  • 2014.01.23

「価値観が合う相手」を真面目に考えない女は幸せになれない

趣味が合うなんて脆い関係

恋愛 ファーレンハイト 結婚 片思い AM
©by PhotoCo.

 さぁ、今日もカフェでかかってそうなボサノヴァカバーを聴きながら、本当の恋愛の話をしようか。

 趣味が合う。これは人間関係において強力な磁力を持っている。

 男女関係の取っ掛かりとして、「趣味が合った」というパターンは多い。
ベタベタだけど特定のミュージシャンが好きだったりさ。
そりゃ話が合えば、話も盛り上がるから、一緒にいて気持ちも高揚するだろう。

 俺はこれらを取っ掛かりにした恋愛を否定するつもりはないけれど、それが「長期的な良い恋愛につながること」との関連性は疑わしいと思っている。

 極端な例を言うと、「女を落とす」男目線では趣味が重なる部分を意識的に拡大して強く押し出したり、女の子の好きなものに興味を示したかのように振る舞うことだってある。自分の本音とは関係なく。
そこで「気が合う」なんて思ってしまったら男の思うツボだ。

 もっと健全なノリであっても、特定の対象を共通の趣味にした場合には弱い。
具体的な対象には飽きがともなうでしょう。
二人をつなげる継続的な要素としては決定的なものではない。

 ざっくりと語ってしまったけれど、趣味が合わなくなったから別れるという短絡的な話をしたいわけではない。
自分自身を振り返ったときに、異性との良い関係の構築に趣味が合うこと自体は、本質的ではなかったという話だ。

 本当の意味で<合う相手><合わない相手>は何か?について今日は考察しよう。
短絡的な目線での趣味/興味/気が合う、という発想からの脱却。

価値観という自分のなかの羅針盤

 俺は<価値観>というものを深く捉えるべきじゃないかと思う。
個人は価値観に支配されているからだ。

 自分の考え方/言葉/行動は価値観をベースにしている。
たとえば俺は学生時代は人間性がクソでも"面白い人"が大好きで、いわゆる"ただのいい人"に興味はなかった。
でも、社会人になってから"いい人"というのはそれだけできちんと接するに値する大事な存在なんだなぁと思うようになった。
その背景には自分のなかの大事なもの、価値観の遷移がたしかに在った。

 以前に<過去の恋愛とか世間の価値観とはちがう、自分のなかの判断基準をまずはしっかり決めるということ>の重要性を書いた。
同じ意味だと思ってもらっていい。

"価値観が合わなかった"は恋愛の終わりに腐るほど出てくるフレーズだけど、やはり真実だと思う。
にも関わらず、恋愛の始まりにそれを意識する人はびっくりするほど少ない。
トキメキ/状況/条件に目が眩んでしまっている。

 自分自身が「何を差し置いても良いから、ここに価値を置く」という決定が出来ていないからブレていくし、迷う。
価値観で物事の捉え方は変わるけれど、自分の価値観自体がブレていたとしたら?羅針盤のない海賊船のようなもんだ。


 ここで具体的な話に落とし込みましょう。
いまの俺の価値観では最高のパートナーは<自立している人>であり、<相手の気持ちをおもんばかれる人>であり、<彼女の楽しみに俺自身も刺激を受けてしまう人>というもの。

 たとえば言い合いになっても、彼女が俺の気持ちを推し量りながら語りかけている様子を見れば、それが自分の意見と違っていても、伝えようとしている何かを尊重しようと思える。
個々の問題自体は関係を決定的に傷つけるものではない。
また、彼女の趣味が何であろうとその対象自体はどうでもいいわけです。
彼女がどういう部分にワクワクしているのか知りたくなるのです。
だから彼女に飽きない。

トラブルを起こしてイベント化する低レベルの恋愛

 俺はよく思うんだけど、「トラブル」をイベント化する恋愛はレベルが低くないですか?
トラブル自体は真面目に悩んでたり、本当に辛かったりするのかもしれない。
けれど、トラブルが発生することで、マンネリ化した恋愛に波風立てて盛り上げてる雰囲気を感じるんですよ。それが意図的じゃなくても。

 きっと恋愛の幸せはもっとささやかな部分になると思う。
彼氏がどんなに忙しくても自分の話をちゃんと聞こうとしている姿勢であったり、逆に彼が不器用で自分に目が届いてないんだけど、ありえないくらい仕事に打ち込んでいる姿を見て尊敬してしまったり。

 ひょっとしたらそれは自分の価値観、恋人を見る際に大事にすべきものが明確になっていなかったら、見過ごしてしまうくらいのものなんじゃないかな。
だから短絡的なワクワクとかに流れて、いつもどおり失望するんじゃないかしら。

 最後にもうひとつ。価値観は変わっていくものだということです。
そして、それは自分にも恋人にも訪れるうるものでしょう。

 理想としては、<お互いがお互いの価値観の変遷に刺激され、高め合うこと>でしょう。
相手によって、自分の価値観を変えることが正解かは分かりませんが、既存の価値観に固執する理由もないでしょう。
あくまで価値観なんていまの自分の断面での決定だから。

 お互いの価値観の変遷を楽しみ、高めあえている。
もしくは、その関係が終わってしまったとしても、その恋愛を経過したあとは良い方向に変わっていく人たちが多いように俺には見えます。
そして、そういったチャンスを逃さなかった人は"ひらかれた価値観""柔軟な感性"を持っていたように思う。
それは好奇心や向上心と言い換えることが出来るかもしれません。

 今日はちょっと話が大きくなってしまった気がするけど、具体的な何かではなく、スタンスとして相手を「好き」と思える価値観を自分のなかできちんと定めること。
そして、その価値観の遷移自体すら楽しんでいける自分であること。
さらに言えば、その価値観にかなっていて、今度彼の価値観の遷移自体に信頼が出来る相手を見つけようとしていくこと。


 これが目先の趣味、気が合うではなく、本質的で長期的に異性と良い関係を築いていくための方法じゃないかな。

 再来週の更新では、「似ているから好き?」「違うタイプだから好き?」について書いてみようと思います。
それでは。

Text/ファーレンハイト

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桐谷ヨウ
脱力系ヤリチン、週末コラムニスト。恋愛コラムで一躍人気ブロガーに。

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