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  • 2014.12.25

「気になるセンサー」を腐らせてしまった出会いがない女性へのアドバイス

恋愛がうまくいかないのは、気になる相手を間違えているから?出会いについて多く書いてきたというファーレンハイトさんが伝えるのは、自分の好みを疑うことからはじまる恋愛術。ないものねだりをするのは、ふたりになったとききれいな形になりたいからこそ。気になる、知り合うの先にある一緒にいる未来について考えてみませんか?

ファーレンハイト 恋愛
Mislav Marohnić

 さぁ、押し迫るような年の瀬に今年も本当の恋愛の話をしようか。(このフレーズを覚えている一年越しの読者は無料デート券をお配りいたします)

 今年の後半は「出会い」前後について書く機会が多かった。それはダメな相手に対してどんなに頑張っても不毛ということを伝えたかったからだ。

 誰に出逢うか?(自分を幸せにしてくれる人)そしてどんなかたちで彼と出逢うか?(出会いの入射角)という視点が大事ということを伝えたかった。

 恋愛において「気になる」「もっと知りたい」がスタートになること。だから相手に対して、自分をそう見せるべきだということを書いた。
同時に、自分の「気になる」をもっと磨いていく必要もあると思う。

 恋愛が上手くいかない女の子は、大体において<気になるセンサー>が腐ってる。
失敗した恋愛と同じ方向に平気でまた進んだりしている。そういう人には、自分の「好み」自体を疑えと言いたい。

 ある程度以上の年齢になると、ルックスやスペックと好みが直結するのは論外として、「ないものねだり」なんかもダメだと思う。
自分にないものを持っているから惹かれるのは当たり前。
だけど、欠けている自分をそのままにしておくために、そういう相手を選んで付き合ってるのだとしたらどっちみち人生が上手くいかない。

 気になる相手を見つけたとき、その相手に惹かれる要素を見つけたとき、同時に考えてほしいのは「ふたり」としてどうなのか?ということ。恋愛が上手くいくかどうかはここだけだと思う。

 自分はその相手がいることによって良い感じかもしれない。相手もそうかもしれない。
でも、それは依存(共依存)に他ならない。自分のことは自分で処理するのが大人でしょ。
他の人には頼れない部分を頼れるから恋愛?そんなのは都合のいい言い分でしょう。

 他者との関係によって自分が活き活きとしていられることを否定するわけじゃない。
安心できることを否定するわけじゃない。ただ、「自分のことは自分でしっかりとする」という前提に立ってない恋愛を否定したい。

 誰だって頑張っていると心が折れそうなときがある。
そんなときに精神的にただ抱擁してもらうだけで頑張れる気力が出てくる。
どんな結果になっても、絶対に自分はあなたを肯定する。逆にいえば、相手にとっての自分もそうあってほしい。

「ふたりでひとり」と「ふたりでひとつ」は全く違う

 この微妙な違いを伝えるのはすごく難しいのだけど、「ふたりでひとり」のような感覚を持っている(共依存)恋愛と「ふたりでひとつ」という感覚の恋愛はまったく違う。

 前者は、お互いの欠けている部分を補完しあっているので一見素晴らしいのだけど、微妙な角度で成立している積み木のようなもので、どちらかの人間的な成長とか感性の変化で容易く崩れる。
また、自分の望んでいる要素を満たしてくれないことが不満に直結する。

 後者はそれぞれが個として成立していながら、一緒にユニットとしてやっていく楽しみや喜びを知っているというニュアンス。
自分ひとりだけでやっていけるんだけど、ふたりでいるともっと違うものがあるよね?という感覚。

 厳密にはどっちかに分けることなんて出来なくて、前者に後者的な要素が入っている人や、後者に前者的な要素が入っている人もいるだろう。
だけど、俺が理想だと感じる恋愛は「ひとりでやっていけるけど、だからこそふたりで一緒にいることに意味がある」と思えるものだ。

 人間だから「寂しい」と思う時があったとして。恋人を寂しさを埋めるための存在と認識するのと、自分で何とかしようとしながらも恋人が自分からそう思わせないように気遣ってくれるのでは、質が違う「寂しさの埋まり方」でしょう。

 もし理想の相手が分からなくなってきている人がいたら、「気になる」や「好み」にこの視点を取り入れてみてほしい。

 まず自分が「個」としてちゃんとあろうとすること。個の欠落を埋めるために他者を求めようとしないこと。
自分の未熟な部分を恋愛で解消するのではなく、自分の人生の問題は自分自身で解消しようとすること。
この前提の上に、「一緒にやっていくともっと素晴らしい人生が送れそう」だと思える相手を見つける。


 そのほうが健全だし、相手のことを純粋に想えていると思うよ。そして絶対に上手くいく。

未熟な部分に向き合った上で恋愛を楽しもう

 俺自身はいまの彼女と付き合ってから「じぶん」単位ではなく、「ふたり」前提で考える機会がすごく増えた。
自分が買うものは彼女も使えるように、とか。ひとりで行くんじゃなくて一緒に行くためにとっておきたい、とか。
それは自分だけで楽しんでも良いんだけど、ふたり一緒であればもっとより良い楽しさがあると思えるからなんですよね。だから飽きない。

 もちろん自分自身の未熟な部分を相手に埋めてもらったりはお互いあるのだけど、そこがふたりの関係性の肝にはなっていない。
言葉にしてしまうと陳腐になるけれど「いつも楽しくて、一緒にいると安心できるから」みたいなものが関係の中心にある。
だから、それぞれの興味や価値観が変わっていったとしても、それは破綻の理由にならず、楽しめる要素になるだろうなって思える。

 完全な人間なんているはずがないし、未熟な部分を持った自分で良いと思うのだけど、それを恋愛に持ち込むのではなく、自分のなかで向き合った上で、恋愛の純粋な良さを感じられる人であってほしいと俺は思うのです。

Text/ファーレンハイト

ライタープロフィール

桐谷ヨウ
脱力系ヤリチン、週末コラムニスト。恋愛コラムで一躍人気ブロガーに。

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