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  • 2014.02.24

「皆さんってスケベなんですよね!?」性欲が渦巻く乱交パーティーを描く『愛の渦』


 本編123分中で着衣シーンはわずか18分半、舞台は営利の乱交パーティーの現場。
そう聞くと期待が高まる。
セックスシーンはいったいどんな風になっているんだろう……?
好きな俳優さんが出てるし! そんな好奇心で今作に興味を抱く読者もたくさんいると思う。

鈴木みのり 愛の渦
(C)2014映画「愛の渦」製作委員会

 主演は若手俳優の成長株として現在注目されている池松壮亮
2013年の傑作映画『横道世之介』では、テンションの高いコミカルなキャラクターである一方でシリアスな側面も見せる役を演じ、助演ながら強い存在感を発揮していた。
わたし自身、本作を見るにあたって彼の見た目に惹かれて興味を持った部分もある。
誰しもそんなゲスい欲望があるんじゃないだろうか。

 しかし、冒頭で早速その小さな期待を裏切られることになる。
この作品はセックスシーンをエロティックに楽しむものではない。
欲望にまつわる人間同士のコミュニケーションと、そこから生まれるさまざまな感情を突きつけてくるのだ。

あらすじ


 六本木。にぎやかな夜の街を抜けると、閑静な住宅街がある。
そのマンションの一室にさまざまな人々が集う。
ニート、女子大生、サラリーマン、保育士、フリーター、OL、工場勤務の太った童貞に、ガリガリに痩せた常連の女。
ここでは毎夜、乱交パーティーが催されている。
0時から5時まで、男性2万円、女性1千円、カップルは5千円。
参加者は「ヤりたい」と期待に高ぶっているけれど、はじめはぎこちないやりとりが交わされる。
しかし、ひとたび行為がはじまると欲望に身を任せ、セックスに興じはじめる。
次第に、特別な感情が芽生える者もあり、プレイに自信を持ちはじめる者あり、清純の殻を脱ぐ者ありと、肉体が交わされると同時に、彼らの本音と欲望が渦巻きはじめる。

視線、間、ふれあい、呼吸
言外のコミュニケーションを見せる役者たちの身体


 この『愛の渦』は、脚本・監督を担当している三浦大輔率いる劇団ポツドールによる、2006年岸田國士戯曲賞も受賞した舞台が原作だ。

 先述したように本作では、セックスに至るまでのプロセスや、ヤれる/ヤれないの基準で生まれるカーストといった、欲望と感情が渦巻くコミュニケーションを描くことに重点が置かれている。
そこでわたしたちは気づかされる。
ふだんの何気ないやりとりでも——それは言葉以外の視線、接触をふくむ——空気を読んで “会話” していることに。

鈴木みのり 愛の渦
(C)2014映画「愛の渦」製作委員会

 映画では特に、役者の体や息づかいがスクリーンに大きく映し出される分、彼らの力量に託される部分が大きくなる。裸の彼らの体が、説得力を持たせるのだ。
かわいい三津谷葉子に微笑まれるとかわいいと思うし、新井浩文の体は鍛え上げられていて抱かれたくなる。
そして何より、本作で主演を務める若いふたりの瑞々しさに目を奪われる。
池松壮亮と門脇麦。20代前半のふたりの若い役者は、奥に秘めた才能を観客に感じさせないように、はじめはほとんど影を潜めている。
作品が進み、パーティーが盛り上がるとともに、自身の役者としての才能を解放するかのように、彼らは強い存在感を発揮しはじめる。

基準はヤるか、ヤらないか
値踏みし合う、セックスまでの生々しいやりとり


 役者ひとりひとりの肉体が要となって作り上げられていく、乱交パーティーの現場。
そこでの登場人物たちの心が、欲望がむき出しになっていく会話劇は、痛く刺さってくる。
冒頭では柔らかく撫で合うように、自己紹介をはじめる。
いきなり自分の欲望を露にすることに抵抗があるのか、なかなか自分から「ヤろう」とは切り出さず、視線を交わしては反らす。ヤりに来たくせに。

「ヤる」を「デート」とか「好き」に置き換えてみるとどうだろう。
自分からデートに誘うのは恥ずかしい、けど気になるからもっと話したい、とりあえず様子を見よう……。
相手が口火を切ってくれるまで自分から開いていかない、でも打ち明けたい、なんていうまどろっこしい駆け引きの場面に身に覚えはないだろうか?

鈴木みのり 愛の渦
(C)2014映画「愛の渦」製作委員会

 本作は、生優しいやりとりでは終わらない。
夜が深くなり、体を交えるごとに、どんどんと動物性が目覚めていく。
「皆さんってスケベなんですよね!?」という赤裸々なセリフが飛び出す。同時にセックスの相手の品定めが露骨になっていく。
つまり、ヤる/ヤらないの審査のために、顔、体型、匂い、病気持ちかどうか、セックスが上手そうかどうか、そんな基準が明らかにされはじめるのだ。
観ているこちらも同様に、日頃から値踏みされているのでは……という恐怖があおられる。

学歴、収入、社会的立場に興奮はしない
裸になればいいわけできない


 欲望や本性が解放されていくと、初対面時とはちがう緊張感がもたらされる。
明らかにされた本音で和やかにリラックスする。
セックスをした後に体がゆるんで、親密になったような気分になれる。かと思うと、空気を読まない人物がいたりして、厳しい同調圧力が働いて急に気まずくなる。
ぎこちないやりとりのあいだに、ヤッて解放された誰かの声が入ってきて、また緊張がほどけて笑いを誘う。

鈴木みのり 愛の渦
(C)2014映画「愛の渦」製作委員会

 乱交の参加者はみな裸で、醜さも滑稽さも、誰もが同じように抱えている。
たとえば、わたしたちは、自分の性器について知らない場合が多いし、360度全方位から自身のプレイを撮影するような趣味を持っていない限り、自分のプレイ内容も感じている表情も確認することができない。
自分自身がいちばん自分のことを知らないという哲学的テーマについても、本作は手を伸ばしている。

 それは恋愛をはじめ、さまざまな人間関係にも通じるんじゃないだろうか。
「正しいやり方」があるかのように思って理想化し、周りに合わせてしまったり、あるいはどうしていいかわからず立ちすくんでしまうこともある。
実際はひとりひとりの人間関係に正解なんてないのに、空気を読み、立場を意識して素直な自分でいられなくなる。

 洋服を脱いだ彼らは、立場や学歴や収入といった鎧を脱いで、ひとりの人間として相対するしかない。
素直になって己を解放し、快楽を分かち合う。そこに社会性は関係ない。
わたしの脳裏に、シンガーソングライター・前野健太の『せなか』という名曲が思い浮かんだ。

服を脱いだら裸になって
裸を脱いだら心があるのか
心を脱いだら君がいて
君を脱いだら僕がいるのか
(『せなか』 作詞・作曲/前野健太、アルバム『ファックミー』所収)

鈴木みのり 愛の渦
(C)2014映画「愛の渦」製作委員会

 セックスを求めるのは汚らしい欲望に過ぎないのか?
裸でぶつかり合うからこそ愛が生まれる可能性を秘めているのではないだろうか?
そもそも「愛」とはなんなのだろうか?
セックスより優位にあるものなのか?
そんな問いが観客ひとりひとりにも突きつけられるのではないかと思う。
ぜひ今作を観て体感し、自分なりに感じ取ってみて欲しい。


3月1日(土)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー

原作・脚本・監督:三浦大輔
出演:池松壮亮、門脇 麦、新井浩文、滝藤賢一、三津谷葉子 、窪塚洋介、 田中哲司
制作プロダクション:ステアウェイ
製作:映画「愛の渦」製作委員会(東映ビデオ、クロックワークス)
配給:クロックワークス
2014年 / 日本映画 / 123分
URL:映画『愛の渦』公式サイト 

Text/鈴木みのり

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鈴木みのり
某出版社の編集者にナンパされて、流れるままにはじめたライター2年目。

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