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  • 2014.10.20

「若いうちの人生を謳歌しなさい」パリで出会ったマダムの言葉

ジェネレーション・ギャップ!?

 先日パリに世界のスター、ビヨンセ夫婦がコンサートのため来仏しました。
その様子が早くも昨晩テレビ放送されていたので観てみたのです。

 パリで行われたコンサートはそれ自体が フランスでも話題になっていましたし、なにより彼らが「離婚の危機にさらされている!?」というゴシップも相まって注目を集めていたのです。
実際にステージで歌うビヨンセを観て思ったのは、「お尻が大きくてセクシーね」ということ。
でも、それ以上に何か感じるものはなかったのです。

 おかしいなぁ、世界のビヨンセなのになにか「ドーン!」と破壊されるような衝撃を受けてもいいはずなのに…。
マイケル・ジャクソンやマドンナのコンサートのような期待をしていたからか、がっかりしてしまったのです。

 そんな私をみて旦那は「たぶん、僕たちの世代じゃないってことじゃないの?」というじゃぁありませんか。
つまり「ビヨンセを見て特に何もスペシャルに感じないのは『私が若くない』せいだ」
と言う訳ですよ。
私は不意打ちで老化現象を告げられて、一瞬声もでませんでした。

 それがジェネレーション・ギャップということなの? 本当に?

若いうちの人生を謳歌しなさい

 他の日に、また年齢を感じるこんな出来事がありました。

 友人のアパートを訪ねた帰りに、エレベーターで一階まで降りていると、高齢のマダムが3階で合流してきたのです。
杖をつきながら、歩くのもようやっとというマダムには、エレベーターの扉を開けるのも一苦労。
扉をあけるのを手伝うと自然と会話になるのがパリです。

マダムは「あなたはここに住んでいるの?」

私「いいえ、友人を訪ねて来ただけなんです」

 エレベーターが一階に到着したときも、扉を開けてマダムを手助けすると

マダム「親切にしてくれてありがとうねぇ、かわいいお嬢さん。若いうちの人生を謳歌しなさいねぇ。さようなら」

私「さようなら。よい一日を」

 パリではこういう会話はよくあるのですが『若いうちの人生を謳歌してね』というのはなかなか哲学的で、ドキュンと胸を突かれました。
日本語でマダムの言葉を書くと、口にはなかなかできない重さを感じますが、フランス語だとこういう哲学的な会話は、さらりとできてしまうのです。

 この言葉には、今は高齢のマダムにも「若かりし時があった」ということを想像させられる、説得力のあるものです。
そう、30代半ばの私を見て(いや、日本人はもっと若く見られるので学生さんと思われた可能性大)マダムは若かりし頃の楽しかった時を思い出し、杖をついて一歩一歩不自由に歩いている。

 私はそのマダムを見て「ああ、そうか。私もいつかマダムと同じ年齢になって、自分よりうんと若い人を見ては、自分の若かりし頃を思い出すんだろうなぁ」と思ってしまいました。
ビヨンセを見ても何も感じない私ですが、まだまだ自分の足でどこでも不自由なく歩いて行けます。

 今この時をもっともっと謳歌していいのかもしれません。

Text/中村綾花

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ライタープロフィール

中村綾花
ラブジャーナリスト/ライター。

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