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  • 2016.11.14

【完結編】「私はバカにされている!」+「『愛』ってなに」<19>

こんにちは。

今日も黙々と更新いたします。

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閑話休題、

今日は、「友人関係」の具体例に、

「『相手が自分の思ったとおりにならないとき』に思い出したい4つのポイント」

をあてはめていきます。

「自分の都合メガネ」をはずし、
「相手の都合メガネ」をかける
ことができると、
ドロドロと重苦しい気持ちが、あっさり、カラッとしたものになりますよ。


具体例でのあなたは、
高校時代から続く6人グループの中で、
自分が軽く見られているとしか思えないのでした。

あなたの誕生日がメールで済まされたことで、

あなたは不公平さに怒り、プライドが傷つき、ワナワナと震え、

その気持ちを伝えるなり、縁を切るなり、

ついに、何か行動に移そうと考えたのでした。

(具体例の全文をお読みになるには
私はバカにされている」「この人はわかっていない」<3>へどうぞ)



4つのポイントの1つ目からあてはめてみましょう。


1,人は自分が幸せになりたいだけ

「人は幸せになりたい」のです。

もちろん、あなたも、幸せになりたいのですね。

すべての行動は、自分が幸せになるためにしているといえるでしょう。

それが、仮にいやなこと、つらいことであっても、

「それをしないこと」「それから逃げること」「それを断ること」

よりは、そのいやなことや、つらいことをした方が、

「まし」だと思うから、それをしている
はずなのです。


たとえば、


いやな人とつきあうこと > いやな人に「NO」と言うこと


のように。

「NO」と言う苦痛に比べれば、

いやな人とつきあうのを我慢する方がましだ、

と感じている、ということです。


本当に「まし」であったり「幸せ」かどうかは関係ありません。

「自分にとって」は、今は、そう思えてしまう、ということです。


この場合のあなたもそうです。

6人グループの集まりに行かなくなるよりは、

グループに参加して、

みんなから軽く見られている・・・と悶々としたほうが、

自分にとっては「まし」であり

「より幸せになれるであろう選択だ」と思った
、ということですね。


「グループに所属している」という思いが、

あなたを安心させてくれていたのかもしれません。


あなたの自己評価を上げるためには、

メンバーに、あなたを重要な人間だと思わせることが有効だ、

とあなたは信じていて、

それにトライしていたかったのかもしれません。


ここまでお読みになり、もしかしたらあなたは、

人に尽くすこと、人のためにすることは、

「自分が幸せになるため」ではなく、

「相手が幸せになるため」ではないのか?

と思われるかもしれませんね。


しかし、それも結局、

「人のために行動しないこと」よりも

「人のために行動すること」のほうが、

自分にとって気分がよく、幸せだから行動する
ということです。


人を助けるのも、

困っている人を見て、助けないでいる方が、

結局自分がつらい
のです。


単純に、人が苦しんでいるのを見ていることが苦しい

ということもありますし、

「きれいな、いい自分」でありたいのに、

「人を見捨てる自分」になってしまえば、

その自己イメージに傷がつくのが許せない、苦しい、ということもあります。



6人グループの他の5人も、1人1人が皆、

「幸せになりたい」と思っています。


人によって、少しずつ違いはあるとは思いますが、

友達づきあいにおける「幸せ」とは、主に


「楽しい」「明るい気持ちになれる」「新しい情報が得られる」

「助け合える」「励まし合える」「癒される」

「自分の存在を認めてもらえる」「一人ではないと思える」



などではないでしょうか。

それは、あなたも、他の5人も同じですね。


あなたが、

「私だけ、軽く見られてる・・・」

「私なんて、いなくてもいいんだ・・・」


と暗~くなって、家でジーっと考えていると、

みんなのことが、まるで、怖い、いじわるな敵のように思えてしまう

かもしれません。


これは、「あなたの都合メガネ」を通して見た世界です。


だけど「あなたの都合メガネ」をはずして見てみれば、

みんな、怖くもないし、いじわるでもありません。



他のメンバーの考えていることだって、あなたとまったく同じ。

ただただ、「幸せになりたいの~」

ということなのです。


だから、あなたを軽く見てやろう、とか、バカにしてやろう、

とかは彼女たちの目的ではありません。



どの友達も、ただ、自分が「楽しみたくて」、友達づきあいをしているのです。


2,もっと「幸せになれると思えるもの」があれば、そちらに行く

6人グループの中には、

明るくて、面倒見がよくて、面白くて、

いつもみんなから率先して誕生日を祝ってもらっている友達がいます。

みんなで話をしているときも、彼女が話すとみんなが彼女の方を見ます。


その反面、自分は、まるでいないかのように扱われている・・・

とあなたは悩んでいます。


でも、「彼女が好かれていて、中心人物である」ということ、

そして、「あなたの存在感が薄いこと」は、

決定事項ではありません。

「あなたの都合メガネ」で見ると、

どうしても、そう決まっているように思えてしまうかもしれませんが、

当然、それは法律で定められた規則でもありませんし、運命でもないのです。


「相手の都合メガネ」をかけてみると、

どの友達も、「私は幸せになりたい!」という思いで行動しているだけですし、

その結果、自然に、そうなっているだけなのですね。


ということは、たとえば、あなたと接していて、

「なんとなく、話しやすい」

「なぜか、居心地が良い」

「この人は、わかってる」

「この人は、鋭い」

「この人には、相談をしたくなる」

「この人に、話を聞いてもらいたくなる」

「この人がいると、安心する」

「彼女がいないと、なんとなく物足りない」


などと思えば、あなたに話しかけたくなりますし、

あなたの言動が自然と気になるのです。

誰もが、もっと「幸せになれると思えるもの」があれば、そちらに行くからです。


そして、「もっと幸せになれる」と感じるとき、

私たちは、いちいち

「あ!この人だ!この人好きだ!もっと話したい!」

とかハッキリと自覚なんてしません。

ほとんどの場合、「なんとなーく」「じわじわと」「感じる」ものです。


ですから当然、あなたが人に好かれるときは、

「ある日突然、そういうことに決定する」ものではありませんし、

「運が向いてきた」「祈っていたから『いいこと』が起こる」

わけでもありません。



ものごとには、かならず、原因があるから、結果があります


あなたの、一つ一つの態度、発言、行動という「原因」が、

相手に与えるあなたの印象となり、

その「結果」として、相手の気持ちが変わり、

そして、相手の態度、発言、行動が変わります。



そして、それは「固定」したり、「決定」したりするものではありません。


この世はすべて、前回も書きました、諸行無常だからです。


今まで会いたいと思っていた人、好きだった人であっても、

「え?こんな人なんだっけ」

「最近、彼女と話していても、つまらないなあ」

「彼女は悪口と自慢ばっかりだから滅入る」

「こんな、良識のない人だったなんて思わなかった」


などと思えば、会いたくなくなりますよね。


人は、もっと「幸せになれると思えるもの」があれば、そちらに行きますし、

同時に、「不幸せになる」と思えば、そこから離れます。



どの瞬間にも、常に、状況や気持ちが変わる、無限の可能性があるのです。



私は、小さい頃からずっと、自意識過剰で、人から好かれたくて、

チヤホヤされる特別な地位にいたくて仕方がありませんでした。


しかし、現実はまったく逆で、

クラスの好きな人同士のグループ分けでは余り、

好きな人同士で2人1組になるときにも余り、

(私を好きな人がいないから・・・。

「好きな人同士」というワードはトラウマです。笑)

休み時間は一人で本を読み、移動教室では一人で移動していました。

寂しくて惨めで恥ずかしくて苦しい毎日でした。

登校拒否気味にもなりましたし、高校は3ヶ月しか行かれませんでした。


当時は、上に書いた、


自分の、一つ一つの態度、発言、行動という「原因」が、

他人に与える印象となり、

その「結果」として、人の態度が変わります。



ということや、


瞬間、瞬間、常に状況や気持ちは変わる


ということが、まったくわかっていませんでした。


親のお金をくすねて、幸運のペンダントを買い、

「これを肌身離さずいれば、

ある日突然、

クラスのみんなが私を大好きになって、

笑顔で私を囲んでチヤホヤしてくれて、

私はクラスの中心になれる」


という夢を見ていました。


「人から好かれる仕組み」が、まったくわからず、

人から好かれる、ということが、

「運」とか「ラッキー」とか「奇跡」のように降ってくるもの

だと思っていたのです。


(まさに、ハムスターに松阪牛を食べてもらおうとして、

ピンクの下着をつけたり、お参りに行ったりする
のと同じですよね。

本当に、いるんですよ、こういう人は。


ここに・・・。)


しかし、実際は、人は、

「この人と一緒にいると楽しい!」

「この人にいろいろ話したい!」

「この人の話をたくさん聞きたい!」


と思えば、今までは目にも留めていなかったり、

いやだなと思っていた人でも、

「印象」が変わり、気持ちは動き、態度も変わる
ものです。


「つまらない人」「いやな人」だという

「思い込み」「レッテル」がある場合は、

「この人といるほうが、私にとって幸せ♪」

と気づきにくくなるので、

気持ちや態度が変わるまでに時間がかかるかもしれませんが、

それでも、必ず人は、

もっと「幸せになれると思えるもの」があれば、そちらに行く

のです。


たとえば、「この人はいやな人だ」という思い込みがある状態は、

やかんに入れた氷水から沸騰させるようなもので、

「この人はつまらない人だ」という思い込みがある状態は、

普通の水から沸騰させるようなもの、

「この人はいい人そう!」という思い込みがある状態は、

ぬるま湯から沸騰させるようなイメージでしょうか。


必要な時間や熱量が違うだけで、

いずれにせよ、温め続ければ、沸騰させることはできますよね。

逆に、冷やすようなことをすれば、お湯も氷水になるのですね。



人と仲良くなることが苦手な人、

人付き合いがわからない、怖い、という人は、

これを知らないことが多いように思います。


以前、「なぜか人から嫌われる人」というテーマの掲示板を読んだところ、

「自分はなぜか人から嫌われる」という悩みを持っている人は、

以前の私と同じような誤解を持っていることに気づきました。


まず、「なぜか嫌われる」ということは、

自分でその理由がわかっていないということです。

しかし、かならず理由はあり

ほとんどの場合、自分の言動に原因があります。


彼らが共通して書いていたのは、

「最初にうまくやれないと、それはずっとついて回る」

ということや、

「バイトで、新人が入ってきても、

先にいる人がその新人たちに、『あの人と話さないほうがいいよ』のようなことを言う。

そうすると、新人たちも自分と話さなくなってしまう。


この繰り返しで、ずっと自分は一人である」

というようなことでした。


これが、「人間関係は固定している」という思い込みです。


「自分の今日からの言動で、人の気持ちなんていくらでも変えられる」

という感覚が、まったくないのです。

彼らは、現実は「静止画」だと思っています。


実際は、一瞬たりとも、現実も、人生も止まらないのだから、

自分が「原因」となって、無限に変化させられる可能性を持っている

ということを知らないのです。


こういう感覚の人が、人間関係を

「願いをかなえる方法」「魔法のペンダント」「風水」「おまじない」

などで解決しようとするのでしょう。


実際は、人は、

「あれ?この人いいな」「楽しいな」「素敵だな」と思えば、

その人を好きになりますし、話したくなったり、会いたくなります



長くなりましたが、

「『相手が自分の思ったとおりにならないとき』に思い出したい4つのポイント」

の3,4は次回の記事につづきます。

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ライタープロフィール

ANNA
ANNA

学生時代よりキャバクラ、六本木・銀座の有名クラブなどでホステスとして活躍。また合コン、お見合いパーティー、ホストクラブなどで実習に励み、合計約5000人の男性と会話した経験を持つ。著書に『大好きな人が振り向いてくれる本』『大好きな人がどんどん好きになってくれる本』(大和出版)、『どうしても忘れられない彼ともう一度つきあう方法』(すばる舎)、『あなたのままで願いがすべてかなう本』(中経出版)など。
公式ブログ:愛し体質は、愛され体質
メルマガ:「あるあるまんまる」