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  • 2016.11.14

熟女で恋して何が悪い!

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恋をするといろんなことが見えてきます。
それまで気付かなかった、人の好きなところ、嫌いなところ、いいところ、悪いところ。
多分その気付きが、恋愛が人にとって必要となる所以なのでしょう。
(なんつってなんつってきゃーーーーー。いいこと言っちゃったっ('∀`)





…以上のような一連の恥ずかしい評論家ごとき言説を、恋すれば誰でも脳内で言えるようになれるのが、恋愛の大いなる欠点でしょう。

言うまでもなく恋愛とは非常に高度で複雑な、感情と感傷が必要なコミュニケーション技術。複雑な他人の思いや自分の感情を把握する技術を手に入れていない人(主観で言うと、特に男性に多いかと。男視点でも、男子オンリーで繰り広げる恋バナなんて幼稚園児並みですから)には、不可能なものです。作家・フローベールが「恋愛的感傷の訓練」と名付けた小説で、女性が繰り広げる恋愛についてこう語るように…。

« Les coeurs des femmes sont comme ces petits meubles à secret, pleins de tiroirs emboîtés les uns dans les autres.  »(「感情教育」より)
(女性の心は仕掛けつきの小さな家具。開けても開けても、次々に引出しが出てくる。。。)※いろいろ端折っている訳です<m(__)m>

感情教育



とりあえず、めんどくさい! ひとつ解決したら、また新たな感情の引出を開けなければならず、それが永遠に続くのが、恋愛。なので、そもそも相手の引き出しを探り続けるエネルギーとコミュニケ―ション能力が成長していない人には、恋愛そのものが難解なものになってしまう。

ところが誰かと付き合っていれば恋愛力がアップすると勘違いしがち。たまにいる、経験数が多ければ何かを身につけられた気がしている人々。恋を手に入れるのに必要な才能と、恋を進めていく技術は違うもの。なんでしょう、ドリルを買いさえすれば受験に合格できるというかのような思考。ドリルを買えるお金があっても、たとえそれを100冊こなしても、小学受験のドリルなら、絶対に大学には受からないのと同じ? そんな感じ?(「知るかっ」という突っ込みお願いします…) なのに、みんなすべての人に平等に、恋というものが「できる」ものだと思わされている。「誰だって恋すれば変わるよ!」みたいなセリフ、嘘だと思ってます。追及する気がない人に恋愛能力の成長はありません。大きな落とし穴はそこにあるのだと思います。

では、その技術を最初にどこで手に入れるかと言えば、大抵は学校のおしゃべりや、雑誌や漫画の中。その結果、それらの情報と現実がいかに食い違っているのか、そして如何に適合しているのかを、大人になって経験して後にようやく知るところとなり、がっくりしたりしなかったり。

だったらやっぱり、大人に教わっちゃうのが一番だよね! という結論に至ったのが「恋愛」を発明したおフランス人ざんす。


恋愛の技術が高い人からの教育は、100コそこらへんにノサバッテいる情報よりも役立つことがあります。百聞は一見にしかず。で、誰から教わるか? 自分より未熟な人間に教わっても意味がありません。やはり、成熟した先輩から教わるのが一番。形が仏恋愛物語では基本です。

恋は年上から学べ! それもずっと年上から! 

現在、大抵の先進国に浸透している「恋愛」の概念は中世フランスで生まれたと言われています。文学の中で花開き、確立されていった恋愛の形は、ずっと年上の異性から教育を受け、それをずっと年下の異性に伝えていくというもの。これが世にいう「騎士道恋愛」です。有名すぎて僕が語るべくもないですが、一応ご説明。

その当時、文学の中で繰り広げてサマになるような貴族社会の女性が結婚する意義は単に、子どもを作ること。大抵の場合親に決められた相手です。若く体力のあるときに(当時は出産環境も悪かったため)、そろそろ世継ぎを作らねばならない妙齢の財力や権力のある男性に嫁がせられます。しかし、なまじっか若いときに出産し、世継ぎを産んでひと段落すると、貴族の女性はやることがありません。まだまだ体力もあるし、社交界の中で培った知性もあるのに、夫は老齢でお亡くなりになるのを待つばかり。その使いどころを見失った知性を持つ成熟した女性に、今度はずっと年下の未経験の若い男性(騎士)が惹かれるのです。そうして、まだ何も知らず、恋愛のれの字も知らない男性が、彼女との恋を通して感情と知性の複雑なコミュニケーションを学ぶんでいく。そうして恋愛を散々学んで、妙齢になったころに、その騎士もまた若い嫁をもらうのです。

まあ、なんて素敵なシステム! このシステムを知った中学校時代に、図書館でひとり感動したのを覚えています。いわゆる「恋愛」において、成熟した女性は欠かせない存在。年増、オールドミス、オバサンetc,...年齢を重ねた恋する女性を貶す言葉を挙げればキリがありませんが、老齢の男性が若い娘と付き合うのが称賛されるのであれば、こちらだって称賛されてしかるべき。

フランス人女性たちは、個人的印象ですが、成熟を望んでいます。一般的に未婚の女性はmademoiselle、既婚の女性はmadameと訳されますが、それは違って例え若くて結婚していなくても、レストランなどで「マダム」と呼ばれることは一種尊敬を得たこととなり、喜ぶ人が多い。逆に、フランス人の友人とビストロに入ったときマドモワゼルと呼ばれた同級生が、「ムカツクっ! アイツ、あたしのことマドモワゼル呼ばわりしたわっ」とプンスカしていたのを覚えています。僕は同じギャルソンに「マダム」と呼ばれ、マフラーと帽子を取って思い切り笑顔で「ちげーよ、オレは男だ! このアンポンタン‼」を100倍薄めて言ってやったら、ものすごく気まずそうにされました。あ、どうでもいいネタですね。すいません。(とはいえ、おフランスでも、年齢を経ることが全面的にいいこととされているわけではなく、若さが褒め称えられる場もあり、その矛盾に女性たちは振り回されているワケですが)

それと比べると日本は、どちらかと言えばとか言わなくても、女性の「未熟さ」が持ち上げられる文化。幼くてつたなくてかわいくて守ってあげたくてボクのゆうこときいてくれて、ついでにセックスにもあんまりちしきとかないのがいいな…って子どもかっ(怒)。それは男性の視点からだけかといえばそうでもなく、女性も女性の年齢を経た姿を「成熟」ではなく、「劣化」と捉えていると見られ、すこし哀しいのです。未来の自己否定じゃないか、とも。目に青葉、山ホトトギス、初ガツオってか? 初鰹より、絶対戻り鰹の方がうまい! 紅葉の方が、美しさが深い! おっと、話が脱線。。。イカンイカン。

この騎士道恋愛にまさにぴったり当てはまる恋をした名だたる女性もたくさんいるのですが、中でも成熟した恋愛をマヌカンという職業とともに体現し、伝説の存在となったモデル、フィオナ・キャンベル-ウォルターが僕の憧れで…

あっ、これ書いたら初回より長いことになるので、続きはCMの後で!


コレがフィオナさん。ファッション好きな人なら、どこかでみたことある写真でしょ? ねーっ、美しいでしょ~?(#^.^#)
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ライタープロフィール

小山圭一
小山圭一

フランスのリヨン大学第2大学にて「女性学」を学んだ後、テレビ制作にディレクターとして関わる。退社後、コンデナストパブリケーションズジャパンにて『VOGUE Nippon(現VOGUE Japan)』の編集者に。2年間、ファッションやライフスタイルページを担当。2008年、フリーエディターとして雑誌編集、及び執筆業をスタート。『marie claire』(アシェット婦人画報社)や『SPUR』(集英社)などに関わり、主に女性芸能人へのインタビューやファッションページなどを手がけている。フランス留学時に学んだ「女性学」結婚やキャリアに関する研究ベースとした、世界各地の恋愛事情に造詣が深い。
facebook:小山圭一