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  • 2016.11.14

恋も仕事も“男は踏み台”。

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「不公平じゃない?」


先日ある世界的女性デザイナーにインタビューするため彼女についてリサーチしていたところ、こう発言している記事を目にすることがありました。同じくデザイナーである夫に、子育てしながら、そして自分のブランドを立ち上げる際にも、そう言い続けてきた、と。

その結果、夫婦そろって世界に出ていく稀有なクリエイター夫婦となったワケですが、男女の私的パートナーシップが仕事の成功につながることは多々あります。が、それを見るときいつもこの“不公平感”を感じざるをえません。

女性が男性の仕事を支えると、美談になります。糟糠の妻、世話女房、花岡青洲の妻……などなど称えられること多し。芸人さんカッコ男性(念のため敬称)を売れない時期から働いて支えた奥さんだったり、売れないミュージシャンカッコ男性を食べさせていた長年の恋人が捨てられたとかなんとか。まるで麗しき愛情のように書かれているたびに、なんとなく複雑な気持ちになるのは、これが性が逆転すると何と言われるか想像できるから。例えばこんな言葉で……。



「男を踏み台にした」



まるで、戦犯のような物言いです。女優や音楽家などエンターテインメントの世界もそうですが、特に、サポーターや出資者が必要となるアートの分野では、成功したがゆえ、こう貶される女性が目につきます。世界に名だたる女性芸術家でも例外ではなく……。

そんな誹謗中傷を跳ね飛ばし、名前を世界に響かせることに成功した偉大なる女性たちの中で、モストフェイバリット“男を踏み台にした女性芸術家”3人を通して、才能を開花させるために男性のサポートを受けることが是か非かを考えてみたりしてみました。ちょっと少年少女世界の偉人シリーズ的なキャッチのおまけつきです♪ (あ、いらないとかそういうのいらないですから!)


☆逮捕容疑は「ナチ協力者」 ― レーニ・リーフェンシュタール(映画監督・写真家1902-2003)
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裕福な中産階級に生まれたレーニは、キャリアをダンサーとしてスタート。しかしケガのため断念し、女優に転身。本来の身体能力を活かして、命綱なしで山岳映画で主演し、見事成功。ところが、それだけでは飽き足らず、30才のとき、主演と監督を兼ねた作品『青の光』を発表。それが、ヴェネチア映画際で銀賞になってしまうのだからすごい。

そもそも強烈な美的感覚を備えていたからこそ、ダンサーとしても女優としても、作り手側に回っても成功したのかもしれませんが、難儀なところはここから。第一次大戦での敗戦色を引きずっていた同時のドイツで、映画作りは以前より難しいものに。そこでスポンサーとして名を上げたのが、当時政権を握ったヒトラー。彼の依頼により、党大会の記録映画『意志の勝利』、続いて政権下の五輪主催側から依頼されベルリン五輪の記録映画『オリンピア』を撮影し、いずれも映画祭で受賞し大成功します。「リアリティ? そんなものに興味ないわ。何が美しいのかが問題」と彼女自身が言うように、現実の中から美しいものだけを取り出す才能ゆえの成功だったと言えます。

が、やはり出資者が悪かった。終戦後プロパガンダを推進した「ナチス協力者」として逮捕、4年間収容され、出てきたころには「ヒトラーの愛人」「ユダヤ人迫害者」として芸術界から締め出されてしまいます。

しかしそれでも腐らないのが、彼女のすごいところ。なんと60才で、アフリカの“ヌバ族”の人々への取材をスタート。40歳くらい年の離れた男性をパートナーにして10年後に作品を発表しそれがまたヒット。彼女が一生追い求めた「絶対的な肉体美」ともいえる被写体の美しさは、いまだに多くの芸術家をインスパイアしています。

☆アートは贅沢のため ― タマラ・ド・レンピッカ(画家1898-1980)
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ポーランド出身のタマラは、“欲しいものは何でも手に入れる女”タイプ。上流階級出身の母を持ち、華やかな親戚関係の力と資金力を利用して、18歳のときにプレイボーイとして競争率の高かったイケメン弁護士と結婚することに成功。しかし金持ちの小娘にこんなところでゴールインさせてたまるかっ、と神の見えざる意志が働いたのかどうかは知りませんが、結婚の翌年、夫が政治革命の最中、秘密警察に目をつけられ逮捕。そこでも美貌と資金力を使ってスウェーデン男性領事を動かし、夫を救い出すとフランスに亡命。

ところが、逮捕時のショックもあって無気力になった夫は働かず、娘も生まれて豊かな生活が維持できなくなります。そこで、稼ぐために始めたのが絵画。有閑マダムの小遣い稼ぎかっ、と突っ込み入れる暇もなくすぐに才能を開花させ、売れっ子に。それも、社交会で身につけた、侯爵伯爵たち裕福な男性との交友術により、多くの肖像画を受注できた結果とも言われます。天性の美貌はコクトー、ピカソなども含めた男性たちだけでなく、女性も魅了し(彼女はバイセクシュアルだったと言われています)、一時期シャネルとの交流もあったとか。第二次大戦も、持ち前のバイタリティで乗り切り、一向にダメ男から立ち直らない夫に見切りをつけて、裕福な男爵と結婚してアメリカに移住。そこでもまた新たなファンをつかみます。

「私は権力者側にいたわ、いつもね。だって一般社会のルールって、(私みたいな)変わった世界観の人間には賛同してくれないんだもの」。アートの才を活かすための、男選びだったとこの発言からもわかります。彼女の作風は時代とともに古臭くなっていき、引退したものの、70年代に再評価、80年代にマドンナがPVに彼女の作品を多用したことで、再び脚光を浴びることになるなんともすごい人です。


☆ラグジュアリーに生きる ― ココ・シャネル(デザイナー・実業家1883-1971)
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孤児院で育って、貴族の庇護の下、帽子店から始めて、別のお金持ちの出資で店をカンボンに出して、そのうちイギリスの伯爵だか公爵だかが恋人になってさらに発展して……という話はあらゆる映画や伝記で知られている通り。「(私が好む)ラグジュアリっていうのはね、貧困の対義語じゃなくて、野蛮の対義語なの」。徹底的に貧しさ、そして貧しさからくる下品さを忌避した彼女のバイタリティは驚嘆するばかり。

しかし、彼女の人生にもまた、戦争が影を落としています。戦争一色になり、ドイツ軍が侵攻してきたフランスで、経営は以前より難しいものに。しかも、ドイツ軍の横暴により多くのフランス人事業家が廃業に追い込まれたり、逮捕されたり……。でも彼女だけはサバイブ! その方法は、占領軍であるドイツ軍の庇護を得ること。少校と恋人になり、戦時中もホテルリッツに住み続けるという贅沢な生活。事あるごとに男性の援助で成長し続けるシャネル。

が、それがため、戦後は「売国奴」としてバッシングの対象になり、スパイ容疑もかけられて、泣く泣く亡命。15年間ファッション界から締め出されますが、マルク・ブシエをパートナーに迎え、1954年にカムバック、あっという間にシャネルを復興させます。ファッションの世界で働く人間にとって、「キャリアの“あがり”はシャネル」と言われるほど。これほどまでにブランドとして成功させた稀有な女性デザイナーで実業家は、未だ生まれていないのではないかと思います。



いずれも、力ある男性の資金力や権力や影響力を利用して成功してきた女性アーティストです。さて、「なんだかムカつく!」と思いませんか? 所詮金持ちの男の下心を利用し、踏み台にして成功したのだと、怒りたくなりませんか? 実際僕も思います、一瞬。で、なんでそう考えてしまうのか。

結局、「羨ましい」のです。いいなあ……と。自分の才能と外見的・内面的併せた魅力も抱き合わせ商法した上で、誰かに援助してもらうのは、羨ましい。というか、それこそものすごい“才能”。自分には、彼女らほど相手に押し売りできる才能も外見的魅力も人間的魅力も図々しさも積極性もない、ナイナイナイ何にもないorz…。落ち込むからこれ以上考えるのやめよ(-_-;)

もといっ、そもそも、彼女たちにとってみればそんな批判を受けるのはお門違いで、突き動かす「才能」と「野心」が必要とする権力者の庇護(どんな事業にも出資者は必要ですから)を、自分の全勢力と手段を使って手にした結果、その権力者たる男性の負の側面まで一緒に背負うことになった時点でプラマイゼロ。

これら成功した女性アーティストたちは、“出資”とそれに見合う“結果”をしっかり返している。その出資が恋愛を介在させたものであったとしても、才能を開花させたい側の欲望にしっかり応えているところがマジ尊敬っす。センパイカッケ―っす。とむしろ褒めてもらいたいくらいなんじゃないかなあと。


それでも、「ヤダやだ、そんなのけがらわしいわっ!」とおっさる潔癖症の方がいるかも。ここで想像力をひとつ、お願いします。女性アーティストが男性を“踏み台”にしないように徹底的に男性による協力や援助を拒否してみる手段は、ただ一つ。“世の中の半分の人間と仕事上付き合わないこと”です。いや社会的には圧倒的に男性の方がまだまだ力がある(日本上場企業取締役のうち女性はわずか1パーセント。ノルウェーでも40%)のですから、確実に半数以上の割合の人を拒絶すべし。でも、そんな大勢のサポートの可能性を拒絶するのは芸術活動を送ること自体を難しくする行為。ナンセンス! (ちなみに、自分はそんな“ナンセンス”な女性が大好きです。他の人が難しくてできないことをやるわけなので、女性が連帯して男性の庇護下を抜け出して、状況を打破しようとする姿こそ、価値があると思います)。


それに加え彼女たちは、ただ単に恋愛と抱合せて協力を手にしたのではなく、賢明な選択をしています。「男で力を持っていれば誰でも」という短絡的な男性選びを避け、同業者の男性を仕事上の庇護者にしなかったのです(レーニの最後のパートナーは助手です)。

同業者で権力者の男性と私生活・仕事を共にしてしまうと、往々にして自分の才能を吸い取られてしまう例が歴史上の常識。カミーユ・クローデルは、師であり愛人であった彫刻家ロダンにアイデアも才能も盗み取られました。ゼルダ・フィッツジェラルドは、同様の才能を持った小説家の夫、スコットの嫉妬からその才能を開花させる機会を失いました。もっと過去をさかのぼれば、アルテミシア・ジェンティレスキはカラヴァッジオ派の画家として多分な才能を発揮するはずが、父のアシスタントとして能力を埋め、挙句の果に師である男性に強姦された挙句、訴えたら逆に罪人扱いされるという不運を経験しました。女性は男性社会では頭角を現しづらいことを利用され、他に代えがたい能力自体を潰され、盗まれてしまうという悲劇。


男を支えたら、男に利用され、男の力を借りると、男を利用したと揶揄される。じゃあ、女性芸術家はどうやって成功したらいいんだよっ!! という悶絶せんばかり。



で、最初の女性デザイナーの話に戻るのです。「不公平じゃない?」。同業者であるパートナーである男性にそういい続けることによって、自分は妻であっても、お互いに完全に対等な協力関係にあり、ライバルだと訴え続けたのです。先に挙げた偉大な女性3人は、全員ファッショナブルで当時の最先端を行っていました。これからの女性芸術家の仕事+私生活の成功は、庇護や出資関係から抜け出し、こういう均衡の取れたパートナーシップから、そしてスタイリッシュな女性の中で生まれていくのではないかと、ちょっと明るい気分になりました。


恋愛関係を使って、男性を仕事の踏み台にするのも、女性に成功の過程で支えてもらうのも幸せへの立派な手段のひとつ。でも、もっと気持ちいい方法、あるような気がします。

★ちょっとだけアピール
現在発売中のmina(主婦の友社刊)5月号にてアーティストmiwaさんのインタビューを担当してます。
現役慶應生でありながら、シンガーソングライターとして活躍しているアーティストとしての彼女の“選択”はとても興味深いものでした。インテリア特集も担当したりしてます。よかったら是非。
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http://mina.shufunotomo.co.jp/


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ライタープロフィール

小山圭一
小山圭一

フランスのリヨン大学第2大学にて「女性学」を学んだ後、テレビ制作にディレクターとして関わる。退社後、コンデナストパブリケーションズジャパンにて『VOGUE Nippon(現VOGUE Japan)』の編集者に。2年間、ファッションやライフスタイルページを担当。2008年、フリーエディターとして雑誌編集、及び執筆業をスタート。『marie claire』(アシェット婦人画報社)や『SPUR』(集英社)などに関わり、主に女性芸能人へのインタビューやファッションページなどを手がけている。フランス留学時に学んだ「女性学」結婚やキャリアに関する研究ベースとした、世界各地の恋愛事情に造詣が深い。
facebook:小山圭一